プロポーズもいさかいの解決もマッコウクジラの歯があればうまくいく? フィジーに昔から伝わるユニークな風習とは | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2024.12.04

プロポーズもいさかいの解決もマッコウクジラの歯があればうまくいく? フィジーに昔から伝わるユニークな風習とは

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南太平洋に浮かぶ大小330以上の島々からなるフィジー共和国は、イギリスの植民地だった時代から続くサトウキビ産業や、ターコイズブルーの海を資源とした観光業などを経済の基盤とする国です。ゆったりとした時間が流れる島国ゆえか、フィジー人たちは時間に追われる生活とは無縁。彼らが心豊かに暮らしていることは、「世界幸福度ランキング」で3度1位にランクインしていることでも証明されています。フィジー人のそうした国民性に魅了された永崎裕麻さんが、この国に移り住んだのは2007年のこと。今年半ばに帰国するまでの約17年間、現地で暮らした永崎さんだからこそ知る、フィジーで昔から大切にされている、クジラとかかわりの深い風習についてお伺いします。

フィジー人の考え方は日本人と対極的だからこそおもしろい

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――永崎さんは、「世界青年の船」(次世代のリーダーを育成する国際交流プログラム)に乗船した際、参加者のフィジー人たちのまとっている空気感に惹かれて現地への移住を決められたそうですね。
永崎「そうですね。プログラムに参加する直前まで、移住先を探すために2年強かけて世界80か国を巡っていたのですが、しっくりくる国が見つからないままでした。そんなとき、さまざまな側面において日本人と対照的なフィジー人に出逢って刺激を受けたことで、移住先を決めることができました。ちなみになぜ移住を検討していたかというと、現状を変える手段としては、日本から飛び出るのが一番手っ取り早いと思ったからです。その点、日本人と対極的なフィジー人の考え方は魅力的でした」

タイパやコスパを考えるより、一つひとつの出来事をじっくりと味わうことを大切にしている

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――日本人とフィジー人とでは、考え方にどんな違いがあるのでしょうか?
永崎「フィジーでは、“vuvale(ブバレ)”という言葉がよく使われるのですが、これは“My home is your home.”という意味で、シェアの文化が強いんです。たとえば、幼稚園や小学校の下駄箱ひとつとっても、日本では一人ひとりにスペースが与えられるのが普通だけど、フィジーでは、“みんなが靴を脱ぐ場所”しかないのが当たり前。友だちの家に上がるときにサンダルを脱いだら、その家に裸足で遊びにきた他の友だちに履いて帰られることだってあります。だけどみんな気にしてなんていません。そもそも盗られて困るような高い靴を履いていないのも理由ですけどね。もう一つの大きな違いとしては、日本人のようにタイパやコスパを考えていません。何事に対しても、心理学でいうところの“savoring(セイバリング/ポジティブな出来事や体験を意識的によく味わうこと)”が上手だなと感心させられます」

マッコウクジラの歯の大きさは、男性の財力の指標になる

――フィジーの伝統や文化、風習に関して驚いたことはありますか?
永崎「クジラと縁が深いことからいうと、プロポーズの際、男性から女性にマッコウクジラの歯を贈る慣習があることです。フィジーでは捕鯨はおこなわれていませんが、かつては浜辺に打ち上げられたマッコウクジラからもぎ取るか、もしくは隣国のトンガとの貿易を通じて手に入れていたそうです。つまり、保持していることが強者の証。もちろん、立派な歯であればあるほどよしとされています。フィジーではマッコウクジラの歯のことを“Tambua(タンブア)”といいますが、娘を持つ親は、“タンブアを用意できないような男を選ぶと裕福な結婚生活は送れないよ”と教えて育てるのだそうです。じゃあ、現在ではそのタンブアはどこで手に入れるのかというと、売買は禁止されているので質屋でも表向きは売られていないし、捕鯨がおこなわれているわけではないから新規で売りに出されるということもなく、代々受け継がれたものでプロポーズするか、誰かから譲り受けるかの選択肢がほとんどです」

タンブアモチーフの土産物は観光客にも人気

――そうなると、タンブアを用意できない男性も出てくるのでは?
永崎「そうなんですよ。フィジーの出生率は2.50近く、人口が増加傾向にあるので誰もがタンブアを用意できるわけではありません。しかも、コロナ禍に経済格差が広がったことによって、タンブアをキャッシュに換えざるを得なくなった人も大勢いました。売買は禁止されているので、“タンブアを贈ったお礼が何かの形で返ってくる”ということになりますけど。そうした世情もあって、最近ではタンブアの代わりにリングを渡すケースも増えていますが、むしろそういう世界になったほうがいいなとも思います。だって、タンブアがないとプロポーズできないとなったらしんどいですからね。一方で、タンブアを大切にする文化は続いてほしいし、海外からの観光客が、フィジー人がタンブアを大切にしていることに興味を抱いているのもおもしろいと感じています。街中の土産物店を覗けばどこもタンブアを題材にしたアートを扱っているし、レプリカのネックレスのようなものも売られています。リゾートホテルのスタッフもタンブアモチーフのアクセサリーを身に着けているし、それを見た観光客が“これは何ですか?”と質問すれば会話が生まれる。ある種、コミュニケーションツールのようなものですよね」

タンブアは示談金や慰謝料の役割を果たすことも

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――タンブアはプロポーズ以外に使われることもあるのですか?
永崎「最高級の贈答品として贈られるものなので、村と村の争いを収める目的などでやりとりされることもあります。首長同士の話し合いの末に、慰謝料もしくは示談金のような意味合いで渡されるといったイメージです。“これで手打ちにしましょう”ということですね。歴史的に見てもいろんな出来事がタンブアによって解決されてきているから、贈られたほうとしては受け入れるほかないですよね。とはいえ、あまりにも小さいサイズのタンブアだと、内心、“こんな小っちゃいのよこしやがって!”ってことはあるかもしれませんよね(笑)」

ひとつの飲み物を分け合えば、それだけでみんなと仲間になれる

――ちなみに、フィジー独自の風習って他にもありますか?
永崎「“Sevusevu(セブセブ)”という伝統儀式はフィジーならではですね。コショウ科の植物の根を煎じた“Kava(カヴァ)”という飲み物をココナッツの殻の器に入れたものを、その場にいるみんなでシェアするんです。日本でいう“お酒を酌み交わす”みたいな儀式です。元々はよそ者を受け入れるためにおこなわれていた儀式で、外からきた人間が村に入るときには、首長にギフトとしてkavaを持っていってみんなと一緒に飲ませてもらうことで、村の仲間に入れてもらっていたそうです。それが今では、街中にある“kava bar”というバーにみんなで集まってkavaを飲む時間が大切にされています」

ホエールウォッチングも楽しめる魅惑の国

――タンブアといいセブセブといいすごくユニークです。これをきっかけにフィジーに興味を抱く読者もきっと多いと思います。
永崎「フィジーはホエールウォッチングもできるので、クジラ好きな人が旅行すると楽しめると思います。しかも、現地の人たちはみんなフレンドリーで聴き取りやすい英語を話してくれるから、ローカルでのコミュニケーションも堪能できます。『アナザースカイ』っていうTV番組が人気だけど、フィジーはまさにそういう場所になりやすい国だから、リピーターもすごく多いんですよ。すごい包容力を感じられる場所なので、ぜひ一度“My home is your home.”を体感してみてほしいです」

▶永崎裕麻(ながさきゆうま)
永崎裕麻さん
余命の学校」校長。
二児の父。神戸大学経営学部卒。武蔵野大学「ウェルビーイング学部」非常勤講師。
脱サラして2年間かけて世界一周を実践。2007年からフィジー共和国へ移住し2024年9月に帰国。
内閣府国際交流事業「世界青年の船」「東南アジア青年の船」に日本ナショナル・リーダー/教育ファシリテーターとして参画。教育関連の講演や企画を行うほか、旅ライターとしても活動。
著書に『世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論』『南の島フィジーの脱力幸福論』。

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