耳ヨリくじら情報
今年5月、『群馬県立自然史博物館』において研究されていたヨウスコウカワイルカの仲間の化石が、従来世界最古とされていたものより、少なくとも100万年遡る“世界最古”の化石だったと判明したことが大きな話題となりました。しかも、その約20日前の4月下旬には、同じ博物館に常設展示されていたクジラの化石が、実は新種であったことが報道発表されたばかり。報道を見て、「またあの博物館?」「一体どんな博物館なの?」と興味を抱いた人も多いのではないでしょうか。そこで今回、同博物館で広報を担当している田中佑典さん、学芸員の木村敏之さんに、『群馬県立自然史博物館』について、そして、話題の化石についてお伺いしました。
恐竜の化石も充実している常設展は必見!
――クジラとイルカの化石が新種と判明されたことで話題になっていますが、『群馬県立自然史博物館』にはそのほかにもたくさんの見どころがあるそうですね。
田中「当館は恐竜の化石展示が充実しています。常設展は大きく5つのエリアにわけて展示しているのですが、そのなかの『恐竜の時代』というエリアでは、ガラス張りの床の下に、トリケラトプスの発掘現場を実寸大で再現したジオラマなどをお楽しみいただけます。また、北アメリカ、ユーラシア、アフリカの3つの大陸から集まった3体の巨大な恐竜や、ティラノサウルスの動く実物大模型も展示しています。小さなお子さんから大人までご堪能いただける迫力ある展示なので、特に夏休みシーズンなどは、例年多くの方にご来場いただいています。もちろん、そうしたタイミングに合わせてさまざまな企画展も開催しておりまして、今年は7月後半から北極と南極をテーマにした企画展を催します」
ペルーで発掘されたクジラの化石は保存状態が良好
――今年は、クジラやイルカの化石目当ての来場者も増えそうですね。それぞれの化石に興味がある読者のために、まずはクジラの化石について詳しく教えてください。
木村「まず、学名は”Incakujira fordycei(インカクジラ フォーダイセイ)”です。ナガスクジラの仲間でインカクジラ属に含まれる新種で、化石は開館当初から常設展示されています。発掘されたのは、ナスカの地上絵で知られるナスカ台地から南に80kmくらいの場所に位置する、ペルー南部のアクアダ・デ・ロマスという地域です。この一帯は化石の産地として有名なのですが、当館のクジラはそのなかでもすごく保存状態がよく、頭から尻尾の先まですべての骨が、ほぼ生きていた当時のような関節した状態に保たれています。大抵の化石は、死後、骨がバラバラになったり身体の一部しか発見されなかったりするので、これは例外的な状態であるといえるでしょう。しかも、通常ではまず化石として保存されることのないクジラのヒゲも確認できます。正確に言うと、ヒゲ板の間に砂が詰まったことで、“鋳型(いがた)”のような形で保存されているのですが、それでもすごいことです。全体の大きさは約10mなので、日本まで運搬してくるのは大変なことだったに違いありません」
クジラ類化研究の第一人者がニュージーランドからプロジェクトに参戦!
――開館当初ということは、1996年から展示されていたということになりますが、その間にもこのクジラに関しての研究がおこなわれていたのですか?
木村「新種の可能性が高いとわかってはいたのですが、開館当初からすでに展示されていたので、研究のために展示を一時的に下げることが難しく、また、かなりのサイズであるため、ひっくり返すなどして全身を自由に観察することもできず時間がかかってしまいました。本格的にプロジェクトがスタートしたのは、20年前の2004年のことです。このとき、以前から私が個人的にもお世話になっていた、クジラ類化石研究の第一人者であるオタゴ大学(ニュージーランド)のユワン・フォーダイス教授(故人)がニュージーランドから来日して当館に1週間ほど滞在くださったご縁があり、共同研究した教授の名前にちなんだ名をつけています」
3Dスキャナーの導入によってPC画面上で研究できるようになった
――展示している状態から動かせないとなると、どのようにして研究を進められたのですか?
木村「2016年に3Dスキャナーを導入したことで、研究は軌道に乗り始めました。標本のままだと動かして持ち歩くことはできないですが、3Dデータにすれば、パソコンに入れて持ち歩いて好きな角度から観察することができるからです。ちなみに、3Dスキャナーを導入した目的は、博物館内の数々の標本をデジタル化することなので、将来的には当館の展示や収蔵標本を今とは違った形でも楽しんでいただける予定です。また、2016年には、当館のクジラの化石と同じアクアダ・デ・ロマスの地域で見つかった他のクジラの化石が新種であると報告された年でもあったのですが、この新種とされた化石と当館の化石は非常に近縁であり,当館の化石の研究を進める上で論理のステップが進みやすくなるため、スムーズに次のステップに進めたことも大きかったです」
同時代の化石の研究が進むことは大きなメリットをもたらしてくれる
――2016年に新種と発表された化石と共通点も多いのでしょうか?
木村「先に報告された『インカクジラ アニリョデフエゴ(Incakujira anillodefuego)』と比べると,”インカクジラ フォーダイセイ”の方が少し鼻骨が前のほうに位置しているため、祖先的な形質(※)であったといえます。また、同じ時代に同じペルー沖に2種類のナガスクジラの仲間が生息していたことを確認できたことにも大きな価値があります。700万年以上前の太平洋を泳いでいたクジラの進化や多様性の解明につながります」
※祖先的な形質・・・クジラは進化の過程で鼻の位置が頭の前方から後方(頭の上)に移動したため、前の方に鼻が位置している方がより古い特徴だということがわかる。
群馬、栃木ともに昔は海があったから今でも鯨類の化石が発掘されることがある
――イルカの化石はどこで発見されたものですか?
木村「群馬県で発見された化石と、栃木県で発見された化石の2つをもとに研究を進めて、ヨウスコウカワイルカ科の新種であることを発表しました。ただし、先ほどのペルー産のクジラのように全身つながった状態の化石ではなく、群馬から見つかった化石は頭の一部と耳の骨だけです.栃木産の化石は保存のよい頭の骨です.群馬の化石が、発見された地層は約1,100万年前の地層だということがわかっています.それまでヨウスコウカワイルカ科の世界最古の化石は1,000万年前の地層から発見されたものだったので、約100万年遡る最古の化石ということになります」
化石を通して、生き物たちの当時の生き様を知ることができる
――群馬県も栃木県も昔は海があったのですね!
木村「歴史を少し辿れば海があって、いろんな種類のクジラたちが泳いでいたことを知ってもらうことで、海を感じてもらえたらうれしいです。化石を研究していると、どんな時代にどんな環境のもとで暮らしていたかだけでなく、どんな生き様だったかもイメージすることができるので、研究の結果わかったことは展示などを通してしっかり伝えていきたいです。たとえば、イルカにしてもクジラにしても、骨の形状から、潜水が得意だったかどうかを判断できますし、化石のクジラヒゲの特徴から、どんなものを食べていたかも推測できます。また、ヨウスコウカワイルカに関しては、これまで発掘された化石のうち最古のものはカリフォルニアやメキシコで発掘されたものでしたが、今回の発表によって、ヨウスコウカワイルカの祖先はアジア起源かもしれないと推測できるようになりました」
今後の展示内容にも注目!
――展示を通して学べることも多そうです!
田中「当館には何度も足を運んでくださる常連のお客様も多くいらっしゃいます。勤務している私自身も、展示物やお客様、職員との日々の触れ合いを通して、さまざまな発見を楽しんでいます。博物館として、そのような感動をお客様にもっと共有できるよう、魅力的な企画展を開催していきたいと考えています。ぜひ足をお運びいただければ幸いです。」
▼群馬県立自然史博物館
住所:〒370-2345 群馬県富岡市上黒岩1674-1
電話:0274-60-1200
FAX:0274-60-1250
ホ―ムページ:https://www.gmnh.pref.gunma.jp/
営業時間:9:30~17:00(最終入館16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末・元日
※詳しくはHPをご覧ください
料金:一般510円、高大生300円
中学生以下無料(企画展開催時は特別料金)
アクセス:
【電車】上信電鉄上州富岡駅下車、タクシー約10分
上州七日市駅下車、徒歩約25分
上州一ノ宮駅下車、徒歩約30分
JR磯部駅下車、タクシー約15分
【 車 】上信越自動車道富岡ICより約15分
駐車場:無料駐車場あり