「淀ちゃん」のように海岸に漂着したり定置網に入ったりしたクジラやイルカは鯨類学の発展に役立つ大切な財産。北海道で寄鯨の調査を続ける「ストランディングネットワーク北海道(SNH)」とは? | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2023.04.12

「淀ちゃん」のように海岸に漂着したり定置網に入ったりしたクジラやイルカは鯨類学の発展に役立つ大切な財産。北海道で寄鯨の調査を続ける「ストランディングネットワーク北海道(SNH)」とは?

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大阪の淀川にマッコウクジラの「淀ちゃん」が迷い込んだことは連日報道されて話題となりましたが、浅瀬や岩場に座礁したり、死んだ状態で漂着したり、河川や港湾に迷入する「寄鯨(よりくじら)」は淀ちゃんだけではありません。日本では、年間約400頭の寄鯨が発見されているのです。そして、そのうちの4分の1にあたる約100頭が北海道で見つかっています。今回は、年間の寄鯨のうちの4分の1にあたる約100頭が見つかるという北海道で、寄鯨が発見された際は解剖して調査するために現場に出動しているNPO法人「ストランディングネットワーク北海道(SNH)」のメンバーである、松石隆さん、松田純佳さんにお話を伺いました。なお、「ストランディング」とは寄鯨の英訳。北海道大学水産科学研究院教授の松石さんと同大学院で博士課程を修了した後に『クジラのおなかに入ったら』(ナツメ社)を著している松田さんはそれぞれ、法人の理事長、副理事長を務めています。

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――北海道ではストランディングが見付かることがとても多いそうですね。

松石「日本で報告されているストランディングの4分の1が北海道からの報告ですが、それにはいろいろな理由があります。まず、北海道は(北方四島分を除いた)本島の海岸線が3,000kmと長いこと。これは、入り組んだ海岸線や多くの島をもつ長崎県に次ぐ長さです。そして、SNHが『海岸に打ちあがっているクジラを見つけたら私たちに連絡してください』という周知活動を続けていることも大きな理由です。全国の人の耳にまで我々の声が届くことはなかなかないですが、特に、北海道の新聞の7~8割のシェアをもつ北海道新聞に掲載していただくことが多く、年間5~10本の記事でSNHを紹介してもらっています。そしてもうひとつの理由として、北海道の漁場が豊かで、生息しているクジラが多いことが考えられます」
松田「加えて、SNHは2021年にNPO法人化して以降、SNSを活用した活動報告にも力を入れているので、Twitterなどで連絡をくれる人が増えたことも理由として挙げられます。ホームページには公式LINEのQRコードを載せて、LINEからも報告できるようにしているので、より気軽に連絡してもらえているのかもしれません」

――北海道とひとことで言っても広いですが、ストランディングが見つかりやすいエリアなどはあるのですか?

松石「函館市南かやべ地区の定置網周辺には毎年ネズミイルカが来遊していて、年間で多い時だと10頭くらいの報告がきます。連絡をくれる人の半数は北海道庁や市町村役所の海岸管理者ですね。そのほか、釣り人や、浜辺で野鳥を観察している人が連絡をくれることもあります。連絡をもらったらなるべく調査に出向くようにしていますが、遠いところだとその日のうちには現場に着かないので、小さいイルカなどは到着するころには鳥や野生動物に食べられてしまっている可能性が高いんです。また、近くに養殖場や昆布干し場などがある場合、商品価値に影響しないようにすぐ処理しなければいけません。そのような場合は,調査ができないこともあります」

――サンプル採取済みのクジラと同じ鯨種であっても調査しますか?

松田「はい。たとえばクジラの胃の内容物の調査にしても、オスの未成熟個体とメスの成熟個体とでは内容が全然違うかもしれませんし、季節によって食べるものが変わるかもしれません。一個体だけでわかることは本当に限られていますし、同じ鯨種を複数調査しないとわからないことは多いです」

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――持ち帰れない大きさのクジラをその場で調査した場合、サンプル採取後のクジラはどうするのですか?

松石「まず、現場で調査する前に、海岸管理者に許可を取る必要があります。その際、サンプル採取後のクジラをどうすればいいかの相談もするのですが、事前に自治体が掘っている穴に入れてくださいということもあれば、翌日に回収するのでそのままにしておいてくださいということもあります。また、最終処分場に持っていく工程の途中で調査に入らせてもらうこともありますし、現場によって状況はさまざまです」

――北海道以外にもストランディング調査に熱心な都道府県はあるのですか?

松石「ストランディングネットワークは他県にもあります。たとえば、静岡県の『富士ストランディングネトワーク』と、宮崎県の『宮崎くじら研究会』です。そのほかのエリアでも、大学の教授や地元の水族館が連絡を取り合って、調査しているところはいくつかあります。また、ストランディングネットワークが活動しているエリアであっても、学術的に重要な種や大型のクジラの場合、国立科学博物館にも声をかけて解剖に参加してもらうことがあります」

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――SNHでこれまで調査してきたなかで珍しかった事例を教えてください。

松石「SNHの活動を通して、新種が認められたことがあります。2008年から2019年までに8個体のサンプルを集めた結果、新種だと認定され、クロツチクジラと名前がつけられました。次に珍しかったのは、タイヘイヨウアカボウモドキ(写真上)が見つかったことです。これは、アカボウクジラという鯨種に似ているクジラですが、太平洋に生息していることからこの名前がついています。日本では、2002年に鹿児島に打ちあがったのが最初ですが、生きた状態で打ちあがったのは函館が初でした。函館での調査がきっかけで図鑑のイラストも正確なものに描き替えられました」

――3月には、寄鯨調査車両購入の支援を募ってクラウドファンディングをされていますが、反響はいかがですか?

松石「淀ちゃんをきっかけに世間のストランディングへの関心が高まっていることや、たまたま3月4日にNHK-FM放送が松田さんをモデルにしたラジオドラマを流したこともあって、大きな反響がありました。クラウドファンディングは3月末で終了ですが、それ以降もさまざまな形で支援していただけるプログラムを用意しています。詳しくはホームページをご覧下さい」
松田「ストランディング調査について知らなかった方々がホームページを覗いてくれて、クラウドファンディングで応援してくれたことには大きな意義を感じられました。私たちの調査はストランディングの個体なしには成り立たないので、ひとりでも多くの人に私たちの活動を知ってもらい、個体をみつけた時に連絡をもらうことが大切なんです」
松石「SNSのフォロワーが増えたことでさらに皆さんに活動を知っていただけるようになったこともよい効果でした」

――今後の展望を教えてください。

松石「まずは、継続的に活動する体制を整えていくことが大切だと考えています。これまでに採取したサンプルを使って研究した学生たちは博士号や修士号を取得してきていますし、鯨類学の研究発展のために不可欠な活動です。今後の人間と海洋生態系の共存を考えるうえでもなくてはならないものなので、中長期的な目標になりますが、独立した研究機関として継続して調査・運営ができるようになるまでに成長していけたらと思っています」

ストランディングネットワーク北海道
北海道内における鯨類の座礁・漂着・混獲(寄鯨 Stranding という)の情報と標本を広く収集して一般市民・学術研究者に公表・配分することにより,海洋と鯨類の研究に寄与するとともに,その啓発と理解を深めることを目的としたNPO法人

松石隆(まついしたかし)さん
北海道大学大学院水産科学研究院 教授
特定非営利活動法人ストランディングネットワーク北海道(SNH) 理事長 SNHでの活動を記した「出動!イルカ・クジラ110番 海岸線3066kmから視えた寄鯨の科学」を出版

松田純佳(まつだあやか)さん
北海道大学大学院水産科学研究院 学術研究員
特定非営利活動法人ストランディングネットワーク北海道(SNH)副理事長
クジラのおなかに入ったら(ナツメ社)
NHK FMシアター「クジラの声を聞かせてあげる

▼くじらの生態について
いきものとしてのくじら

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