【クジラ探訪記⑩】東京都(日刊水産経済新聞2022年3月24日掲載) | 耳ヨリくじら情報 | くじらタウン

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2022.04.15

【クジラ探訪記⑩】東京都(日刊水産経済新聞2022年3月24日掲載)

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▶連載 ⑩
ユニークな取り組みで新規開拓に挑む
世界一グルメな街 クジラ料理店3題

日本国内のみならず世界の中でも「美食の街」として知られる首都・東京。ミシュランガイドで星を獲得した店舗が最も多い都市も東京である。江戸時代の文化を残しつつ、地方や海外の文化を幅広く取り入れ、さまざまなものを融合する形で独自の発展を遂げてきた。この中でクジラ料理は東京名物と呼ばれるものではないが、根強く支持されている店は少なくない。最終回になる今回の探訪記では、首都東京でクジラ料理を探求するユニークな3店を紹介する。

渋谷「元祖くじら屋」若者に食べてもらうサエズリもつ鍋

東京のクジラ料理屋として思い浮かべる人も多いだろう。創業は戦後間もない1950(昭和25)年。以来、70年以上も渋谷でクジラ料理専門店として店を構えている。2019年には老朽化もあり、「若者オシャレの聖地」と称される「渋谷109」の真下から道玄坂方面へと移転した。棚橋清彦代表取締役は「時代が変化してもクジラを売り続けてきた」と、静かな口調の中にも築いてきた歴史の重みをにじませる。
 老若男女や外国人観光客を問わず来店客に偏りはないが、提供する料理メニューは時代ごとに変わってきた。「若者にもっと食べてもらいたい」と開発したのが「鯨もつ鍋」だ。カツオ節やコンブでダシを取り、ニンニクを利かせ、サエズリと野菜が鍋に乗る。サエズリがもつうま味が複雑に絡み合い、重層的な味わいを醸し出す。クジラ形に切り取られたニンジンは子供だけでなく、大人も大喜び。当初は「さえずり鍋」などのメニュー名も考えたが、若者に分かりやすく「もつ鍋」とした。狙い通り若者も多く注文するという。
 同じく若者に人気なのが「鯨ステーキ」と「鯨肉刺し」だ。ステーキは火を入れすぎずに軟らかく、肉刺しはユッケ風の甘めのタレで仕上げた。ランチメニューでも提供している。くじら屋では創業当初から「から揚げ」として販売してきた、いわゆる竜田揚げも定番の一品。これ以外にも天ぷらなど多種多様なメニューを揃える。
 いずれも「おいしいのがいちばん」との考えが根底にあり、臭みが出ない下処理を徹底。もう一つが、より多くの人に食べてもらえるよう「おひとり様」も大歓迎で、カウンター席を設けて一人からコース料理を提供する。伝統を感じさせつつクジラ料理の心理的な敷居を取り払う名店の心意気を感じさせる。

▲くじら屋の棚橋代表取締役
▲人気のもつ鍋
▲肉刺しはユッケ風に味付け

新橋「鯨の胃袋」サラリーマンの聖地
食べ放題にも話題が

若者の聖地が渋谷なら、サラリーマンの聖地は新橋。同地で12年に「鯨の胃袋」を開店した大越勇輝代表は、「当初、クジラ料理は全メニューの2割ぐらいだった」が、「新しいことにチャレンジできる楽しさがある」とクジラ料理や文化の面白さを実感し、今では5割ほどに増加。品数は4品から30品ほどに。近隣にアッパー業態である「クジラノハナレ」もオープンした。
 大越代表は和歌山県と福島県を行き来する幼少期を過ごし、渋谷と八王子の和食店で修行を積み、共同経営の飲食店を始めたあと独立。独立後は築地市場の場外で暮らし、毎朝買い出しに出向くことで市場関係者と交流を深め、新鮮な魚やおいしいクジラ料理についても学んだという。
 ボリュームたっぷりの「赤身肉TKG」は、タレと絡めた鯨肉の上に卵が乗ったクジラの卵かけご飯。ボリュームたっぷりの鯨肉とご飯で、これ一つでも存在感たっぷりの一品だ。鯨肉をふんだんに使用し自家製ニンジンドレッシングをかけたサラダや、肉のダシの味わいが染み出た野菜たっぷりのハリハリ鍋、贅(ぜい)沢な刺身3種盛り合わせ(尾の身、上赤身、ハツ)など、前菜からメイン、鍋物、締めに至るまで多種多様なクジラ料理を取り揃えている。
 サラリーマン人気が強いが、新型コロナウイルス禍で赤身肉食べ放題(90分、3900円)を始めたところ、交流サイト(SNS)で話題に。週末は若い世代の来店も多く、食べ放題を頼むお客さんで満席になるほどの人気だったという。「クジラって意外と〝映える〟」と話し、SNS上での見栄えのよさやインパクトにクジラの強みも追求している。

▲研究熱心な大越代表
▲赤身肉TKG

あきる野「らじっく」手軽にクジラ料理を
弁当メニューが多数

東京郊外、あきる野市の「らじっく」は、「クジラになじみのない人でも入りやすい店」をコンセプトに、手頃な値段でクジラ料理を提供している。今年5月にオープンから4年を迎える。現在39歳の板花貴豊代表は、共同船舶に勤めていた幼なじみと飲むたびにクジラを食べ、「こんなおいしいものをもっと多くの人に広めたい」と決意。そのためには「もっとクジラのことを知らなければ」と、一般企業の営業職から捕鯨船乗組員になったという異色の経歴をもつ。調査船で約3年間働き、クジラの特性を理解したうえで同店の開店へとこぎ着けた。
 ニタリの漬け丼「生くじら丼」は、臭みがなく軟らかい味わいで、クジラに合うよう作られた特製のタレでどんどん箸が進むおいしさ。弁当メニューで一番人気の「くじらやわらかステーキ」は、特製のステーキソースで、いちばんおいしい焼き具合にこだわる。焼きすぎないことで、素材の味を楽しめる一品となっている。クジラの軟骨から揚げ、コブクロのネギ塩焼き、サエズリのペッパー醤油漬の3点盛りはコリコリした食感で、焼き鳥感覚で食べられるつまみに最適な味わいだ。
 全メニューがテイクアウトに対応しており、購入者の約8割が利用している。インターネットで検索して、車で遠方から来る人も増えた。「最近はお客さんの年代層が下がってきた」といい、子育て世代の来店も目立つ。
 「待っていても、クジラを知っている人しか来ない。出て行けば食べたことがない人にも広められる」と、オープン1年後にキッチンカーの営業も始めた。現在は都内のイベントなどでクジラ料理を提供しており、引き続き営業に力を入れていく考えだ。「イベントは若い人も多い。より多くの人にクジラの味を知ってもらい、店舗に足を運んでもらうきっかけになれば」と展望を示している。(おわり)

▲店舗を前にする板花代表
▲一番人気のステーキ弁当

豆知識

東京でクジラが購入できる鮮魚店の一つは、JR御徒町駅前に店舗を構える「吉池」だ。常設の販売コーナを設け、各種のクジラに関するイベントにも積極的に協力。昨年、ニタリの生肉が豊州に上場された際も販売した。飲食店だけでなく、一般消費者も含めて「(幅広い層に)認知されているため、いつも買いに来る人が多い」という。売場では担当者が食べ方に関する説明も行う。鮮魚店の売場から鯨食文化を発信することにも余念がない。▶関連記事
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