知る・学ぶ
日本鯨類研究所は1987年から南極海で鯨類の資源調査を実施している。鯨類の資源量や生態系など長年にわたる調査でさまざまな知見が集まっている。その結果を分かりやすく解説する。
※詳しく知りたい方は「鯨研通信」(第492号)をご覧ください
クロミンククジラ
ミンククジラは世界中の海洋に広く分布しており、これまで1つの鯨種と考えられていたが、日本の捕獲調査により、南半球に分布するミンククジラが、北半球に分布するミンククジラとは遺伝学的に別の種類に該当することが判明し、現在「クロミンククジラ」と呼ばれている。
クロミンククジラは、南半球に広く分布し、夏季に南極海まで南下移動して、膨大なナンキョクオキアミを食べて、1年間に必要な消費エネルギーを蓄える。
クロミンククジラは、繁殖場の異なる複数の系群が存在している。このうち、インド洋から西太平洋(東経35度から西経145度までの海域)に分布するクロミンククジラは、2つの系群から構成され、中央域で混在していることが日本の調査により判明している。
クロミンククジラの成熟年齢は、過去には14~15歳であったが、商業捕鯨によるシロナガスクジラなどの大型鯨類の大量捕獲により、余剰となったナンキョクオキアミを利用することによって、現在は7~8歳で成熟するなど早熟化を果たし、資源量は約10万頭から51.5万頭にまで増大したと考えられている。
ミナミセミクジラ
体長(成体)が最大18メートルに達し(新生児体長:4.5~6.0メートル)、体長の4分の1に達する巨大な頭部に「こぶ状隆起」をもち、背ビレも腹部の畝(うね)もないことなどが特徴。妊娠期間は約12か月、個体識別による研究では、出産間隔は平均3年、豪州南西沿岸、ニュージーランド沿岸、南米東西沿岸、南アフリカ沿岸域などの中低緯度海域で出産し、摂餌のため高緯度海域まで回遊することが知られる。泳ぎが遅く、死んでも沈まないことから、17世紀初頭から捕鯨の対象となり、欧米捕鯨者による18~19世紀の過度の捕獲により資源が激減し(1920年時点の推定で約300頭)。近代捕鯨が始まった時点ですでに希少種。
37年から全世界で捕獲禁止(2023年の時点で86年経過)。初期資源量は、5万5000~7万頭ともいわれる。南極海では主にⅣ区に分布。推定資源量は07/08年度の調査で1557頭と推定。年間増加率は5.9%と推定している。
ナガスクジラ
本種は南緯60度以北の中緯度帯(暴風圏)が主要な分布域であるが、南緯60度以南にもその一部が来遊するため、年による資源量推定値の増減が大きい。1976年から南半球で捕獲禁止。禁漁から47年経過。明らかに回復傾向がみられる。
南極海南緯60度以南の推定資源量は、インド洋系群(Ⅲ区東とⅣ区)で3087頭(95/96年度)から2610頭(2007/08年度)。南太平洋系群(V区とⅥ区西)で1879頭(1995/96年度)から1万4981頭(2007/08年度)。年間増加率は8.9%と12%。
ザトウクジラ
南半球では、体長(成体)がメスで16メートル、オスで15メートルに達し(新生児体長:4.5~5.0メートル)、体長の3分の1に達する長い胸ビレが特徴。妊娠期間は約12か月、低緯度海域の沿岸で出産し、摂餌のため南緯50度以南の高緯度海域まで回遊する。
1904年から63年まで捕鯨主要鯨種の一つであり、過度の捕獲により資源が激減した。
63/64年度から南半球で捕獲禁止、66年から全世界で捕獲禁止。
JARPA開始直後では、「ザトウクジラの発見」が航海報告書のトピックになったほど、発見が少ない種だったが、90年代後半からザトウクジラの急速な回復が観測され始めた。
南極海のインド洋海域(第Ⅳ区)では、90年代後半から夏季の南緯60度以南におけるクロミンククジラとザトウクジラの生物量(バイオマス:トン)が逆転し、ザトウクジラが優占種となった。SCでは90年代半ばからJARPA信頼性について懐疑的な検討が行われ、日本側はその信頼性を証明するため大変な苦労をしたが、2008年8月、国際自然保護連合(IUCN)は、「ザトウクジラ(北半球産を含む)は、いくつかの海域で懸念はあるが、現在、約6万頭以上生息。依然として増加傾向にあるため、レッドリストの格付けを「危急/VU(Vulnerable species)」から「軽度懸念/LCeast Concern)」に変更した」と発表した。
Ⅳ区で推定2万9067頭、V区で推定1万3894頭、両海区とも明らかな増加傾向にある。
豪、ニュージーランド沿岸国の調査でも同様に増加が確認されている。
シロナガスクジラ
本種は1980年代の南極海における目視調査でわずか700頭と推定され、その資源動向が注目されている。南極海南緯60度以南の推定資源量は、2005/06年度から07/08年度調査までの調査で1223頭。年間増加率8.2%。
現在の資源水準は、いまだに初期資源量(推定約25万頭)の2%程度の低水準にある一方で、捕獲禁止(1963/64年度)から60年以上経過し「ゆるやかな回復傾向」が明らかになった。
◆南極海鯨類捕獲調査(JARPA、1987年~2005年)
1982年、国際捕鯨委員会(IWCトリアム)の実施を決定したことにより開始した調査。調査対象はクロミンククジラ。
資源量や自然死亡率、加入率、南極海生態系での役割のほか、環境変化が鯨類資源に与える影響や系統群の分布範囲などを調査した。
◆第二期南極海鯨類捕獲調査 (JARPAⅡ、2005年~15年)
捕獲調査の対象は、クロミンククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ。
クロミンククジラだけでなく他の鯨種との関係も調査する必要があるとして鯨種を拡大。南極海生態系のモニタリングや鯨種間競合モデルの構築などを目的に調査した。しかし、豪州の訴えで、2014年に国際司法裁判所(ICJ)が調査について評価しながらも目標標本数が確保されていないなどの理由で「国際捕鯨取締条約(ICRW)条約8条1項の規定の範疇(はんちゅう)に入らない」と判決を出したため、同年この調査は終了。
◆新南極海鯨類科学調査 (NEWREP-A、2015年~19年)
ICJ判決を踏まえて策定した調査。IWC専門家レビュー、科学委員会の議論を経て実施。改定管理方式(RMP)を適用したクロミンククジラの捕獲枠算出のための生物学的・生態学的情報の高精度化と生態系モデルの構築を通じた南極海生態系の構造と動態の研究が目的。
◆南極海鯨類資源調査 (JASS-A、2019年~現在)
日本国政府が従来実施してきた南極海における鯨類資源の持続的利用を目的とした資源調査(非致死的調査)を継続する調査。南極海における大型鯨類の資源量およびそのトレンドの研究および南極海における大型鯨類の分布、回遊ならびに系群構造の研究が目的。この調査から捕獲なしの非致死的調査のみの実施となった。現在、最新となる2010年代から20年代の資源量推定値更新作業を実施中。
南極海インド太平洋域の調査区分
主にⅣ区とⅤ区で調査が進んでいる