【くじらの日特別企画・前編】合言葉は「鯨(ゲイ)を食って芸を磨け!」 多くの芸人たちから愛され続ける浅草『捕鯨舩』 | 聞く | くじらタウン

聞く

2024.09.04

【くじらの日特別企画・前編】合言葉は「鯨(ゲイ)を食って芸を磨け!」 多くの芸人たちから愛され続ける浅草『捕鯨舩』

Share :

都内のクジラ料理店のなかでも老舗中の老舗といえば、台東区・浅草の『捕鯨舩』です。ビートたけしさんが通った店として知られていることから、“船長”の河野通夫さんが考案した数々のクジラ料理はファンのみならず、若手芸人や芸人志望の若者も足繁く通っています。満席必至ゆえ、絶対においしいクジラ料理を食べたいなら、開店時間を目がけて来店が鉄則です。そんな人気店の歴史に迫ってみましょう。

奥さんの実家の家業を手伝ううち、自然な流れでクジラ料理屋を開くことに

――『捕鯨舩 』が1977年にオープンする前、河野さんは『デン助劇場』(1959年からNETテレビ(現・テレビ朝日)で放映されていた演芸番組)の役者としてご活躍されていたそうですね。

河野「役者っていうのは、目で見て盗むクセがあるんだよね。当時、俺は名古屋から出てきて奥さんの実家がやってたクジラ料理屋の手伝いとして、皿洗いをやらせてもらってたんだけど、お義父さんが仕事中に疲れて一服しにいくと、目で見て覚えたことをやってみたくて、代わりに厨房に立たせてもらったりしててね。だけどそのうち、自分の店を持ちたいと思うようになって、花やしき近くの貸店舗からスタートしたんだけど、浅草で商売やるなら絶対に六区(浅草六区。浅草を代表する繁華街)がいいと思って、ここを買うことを目標にがんばってきたんだよ」

憧れの六区に移転するも、脳梗塞で右半身が動かなくなった

――貸店舗での歴史と六区での歴史ともに20年を超えますが、この場所に移転してからは順風満帆でしたか?

河野「それが、こっちに移ってきたその年に脳梗塞で倒れてね。右半身が元の状態に戻ることはないでしょう、って医者からも言われたんだけど、こんちくしょう! ようやく六区に店を持てたのにこんなことで負けてられっか! って根性出してさ。うちの看板メニューは煮込みなんだけど、“煮込みが俺のリハビリだ”って決めて、毎朝必ず自分で仕込むことにしたんだよ。包丁なんて持てないんだけど、左手で包丁持って右手に握らせて、その状態でこんにゃくでもなんでも切るの。要は脳の配線を元に戻せばいいわけだから、煮込みでそれをやればいいんだ。自分が一番自分のことをわかってるんだから、下手に病院に行くより自分なりのやりかたを見つけたほうがいい! って思い込んでね。来る日も来る日も、朝9時に起きて、店が開く16時まで煮込みでリハビリを続けたの。右手が思うように動かないぶん、腰を上げて体重をかけることでこんにゃくを切るんだよ」

毎朝煮込みを作り続けたことで右半身の感覚が戻ってきた

――それはすごい根性ですね。

河野「仕込みを始める前には、毎日1時間、店の前に立ってるもみじの木を右手でゆさゆさ動かすことも続けてたんだけど、そのうちザラザラの樹皮がツルツルになってね。そうこうするうち、気付いたら右手が動き出してたの。52歳で倒れて、ある程度のところまで快復するまでには2年かかったけど、その間、カミさんと息子たちががんばってくれたね。あるときカミさんのハンドバッグを開けたら、『行くも地獄、戻るも地獄。同じ地獄なら進もう』って書いてる紙を見付けたことがあってさ。六区に移転するころにはありがたいことにメディアでもしょっちゅう紹介されるようになってたから、俺は、“バカヤロー!俺が浅草だ!!” っていうギャグで店を盛り上げてたんだけど、その紙を見たとき、何が “俺が浅草だ!” だよ! カミさんのほうがよっぽど浅草じゃねえか! って自分で自分に腹が立って、ありったけの力を振り絞ることができたんだよね。カミさんはもう亡くなって、今は店に立ってるのは息子だけど、俺は今でも煮込みだけは毎朝自分で仕込んでるんだよ」

ビートたけしさんが書いた奥様の絵
ビートたけしさんが書いたクジラの絵

「兄さん(あにさん)」と慕ってくれる大御所は、店の客にも店員にも大盤振る舞いしてくれる

――すばらしいお話です。店内にはたけしさんが描かれた奥さんの絵とクジラの絵も飾られていますが、たけしさんの存在も大きな心の支えになっているのでは?

河野「芸人の世界では先輩のことを“兄さん”っていうんだけど、俺はたけしより年齢は1個上で、ずっと“兄さん(あにさん)”って呼んで慕ってくれてるよ。あいつは飲んでるときは無口だけど、店にいる他の客のぶんもすべて支払って帰ってくれるんだよ。しかも、一万円札を入れたポチ袋を何個も用意しておいて、最後まで残ってるお客全員に配っていくの。店員にもだよ!毎回ね。ポチ袋の天使の絵はたけしが自分で描いてるんだけど、いい絵だよな。」

店内は『捕鯨舩 』ファンの芸人のサインだらけ

――お店に保管してある、たけしさんからの「預り金」で飲み食いしていく芸人も多いそうですね。

河野「そうなんだよ。“あにさん、若い芸人がきたらあにさんからと言って渡してくれ”と毎回50万も入った封筒を置いていくから、封筒は、預り金で飲んだ芸人の名前のメモでびっしりなんだよ。ナイツもきたし、ねづっち、ウエンツ、土田もきたし、ビートきよしもこの金で飲んでるんだよね。アナウンサーの宇内梨沙もきたけど、彼女も今もがんばってるよね! しかもさ、“『捕鯨船』にサインしたら売れる”っていうジンクスがあるもんだから、みんな店内にサインしたがるの。実際に、うちにサインしてまもなくM-1の決勝まで進んだコンビもいるし、深夜のお笑い番組出演が決まった芸人もいるし、もう書くスペースがないでしょ? しかも既に売れてる芸人もみんな書きたがるんだよ。千鳥がきたときには、ノブに、“お前そこのトイレのドアノブに書けよ”って言ったら書いてくれたんだけど、みんなが回すたびに薄くなって消えちゃったよ。だから見取り図がきたときに、“ノブにもっかい書きにくるように伝えて”って言伝したんだけどね」

捕鯨舩 』ファンの芸人が監督した映画に「鯨を食って芸を磨け」の名台詞が登場

――劇団ひとりさんも『捕鯨舩』ファンとして知られていますね。

河野「劇団ひとりがカウンターで飲んでたときに、あいつの目を見て、“鯨(ゲイ)を食って芸を磨け!” って渇を入れたら感動してくれてね。そのあと撮った映画3作品全部に、 “鯨を食って芸を磨け!”のセリフを入れてくれてるんだよ(※『陰日向に咲く』は原作、『青天の霹靂』は原作・監督、『浅草キッド』は監督)」

後編では前編では語りきれなかった店主のクジラ料理へのこだわりをお伝えします。9月5日(木)18時より公開予定です。

■捕鯨舩
住所:〒111-0032 東京都台東区浅草2-4-3
電話:03-3844-9114
営業時間:
月~金16:00~22:00土日祝 15:00~21:00
定休日:日曜日、祝日

▶関連記事
【くじらの日特別企画・前編】「ミナミセミクジラに海の大きさを学び、ザトウクジラの迫力に圧倒されて、コビレゴンドウに感謝の気持ちを抱いている」ココリコ田中直樹さん×東京海洋大学助教・中村玄さんスペシャル対談
【くじらの日特別企画・後編】「私たち一人ひとりが、持続可能な漁業や捕鯨について考えることが大切だと思う」ココリコ田中直樹さん×東京海洋大学助教・中村玄さんスペシャル対談

Share :