聞く
大好きなクジラを描いて30年以上のあらたひとむさんは、イラストからデザイン、グッズ製作まで、「クジラのことなら何でもござれ」のWhale Artist。水族館や博物館、メディア、メーカーからの依頼でクジラを描くこともあれば、大好きなクジラのことをよりたくさんの人に知ってもらうべく、個人的に、クジラに関する話題を発信し続けることも日課となっています。それにしても、何がきっかけでこれほどまでにクジラへの思い入れが強くなったのでしょうか? ご本人に伺ってみました。
初めて見たクジラの写真に衝撃を受け、「描きたい」と思った
――まずは、クジラのイラストやデザインを制作するようになったきっかけを教えてください。
「きっかけは高校時代の絵の課題です。子どものころから絵を描くことが好きだったので、美術コースがある高校に進んだんですけど、あるとき学校で『大きなものを描きましょう』という課題が出たんです。それを聴いてぱっと思いついたのはシーラカンス。さっそく本屋に資料を探しに行って、『Mother Nature’s』という雑誌を手に取りました。するとたまたまその号で『陸の王 海の王』という特集が組まれていて、陸の王にはライオン、海の王にはクジラが選ばれていたんです。31年前のことなんですけど、その当時はTVや雑誌でクジラを見ることもほとんどなかったので、ただただその姿に圧倒されたことを覚えています。もちろん雑誌は即購入。提出した課題作品のテーマにしたのも、シーラカンスではなくクジラでした。だけど課題は評価されず、その後、改良を重ねてもやっぱり評価されることはなかった。なぜかというと、当時はリアルなクジラの造詣を認知している人はほとんどいなくて、みんなが共通して抱いていたイメージは、モチーフとして描かれるでこっぱちなクジラだったから。だから、描いても描いても『いいね』と認められずじまい。このままじゃクジラの魅力をみんなに伝えることができないと思い、リアリティを追求せず、試しにかわいさを前面に出してみたんです。するとこれが大正解。すんなり『かわいい』という評価に変わったことで、クジラの魅力をたくさんの人に伝える方法についても模索を続けるようになりました」
海を泳ぐクジラと目が合った瞬間、「俺を描け!」というメッセージが伝わってきた
――その後も、描くためにいろんな資料を買い漁ったりしたのでしょうか?
「それもしましたし、絵を描くたびに専門家に見てもらうようにもしていました。博物館や水族館で研究している人や大学の教授に、描いた絵を手紙やFAXで送って。当時は今みたいにインターネットが発達していなかったから、手紙かFAXで送るしか手段がなかったんですよ。熱意をかってくださり、『この部分はおかしいよ』『ここはもっとこうするといいよ』という指摘や指導をいただけると本当にうれしかったです。ダメだししてくれたらどこを改良すればいいかわかるから、よりよいものを描けるようになりますから。もちろん、自分の目でクジラを見に行ったこともあります。初めてクジラを見たのは1990年前後でした。今でいうホエールウォッチングのはしりのようなものが出てきたころで、高知の大方でフェリーに乗ってクジラに逢いに行きました。そしたら僕が乗っていた船の下をニタリクジラが通ってくれて、なんとクジラと目が合ったんです。『俺を描け!』っていうメッセージが伝わってきました。この話をすると引かれることもあるんですけど、本当に自分にとってはそれくらい衝撃的なことだったんです。その瞬間に、『これは一生クジラを描いていかなきゃ』と思ったし、今でもその衝撃は忘れられません」
日々、チャレンジを続けることで、クジラの魅力を伝えられる機会が増えている
――その体験自体、大きな創作の泉になったでしょうね。
「それから10年くらい経った2000年に、Whale Artistとして個展を開催したんですけど、そのときには、この出逢いを描いた楽曲も発表しました。といっても僕は作曲できないので、作曲できる人に歌詞とイメージを伝えて創ってもらいました。クジラの魅力を知ってもらうためなら、ジャンル問わずなんでもチャレンジしたいと思っているので、仕事の幅も年々広がっている気がします。特に大きな転機となったのは、2010年に東京・国立科学博物館で開催された『大哺乳類展~海の仲間たち~』の公式キャラクターを描かせてもらったことです。この仕事をきっかけに僕のことを知ってくれた人は多いと思います。だけど、そのときにクジラ以外の海の生物も描いたところ、国立科学博物館の研究者、田島木綿子さんに『あらたさんは、クジラは描けるけど他の生き物はダメね』との辛口コメントをいただきました(苦笑)だけどそのコメントももちろんありがたいことで、またひとつ成長するきっかけとなっています」
インターネットのアラートに「クジラ」という単語を設定して、小さなニュースも拾い続けている
――未だに新しく知ることも多いですか?
「たくさんあります。専門家から学ぶことはもちろん、自分でも専門書を読み漁りますし、インターネットのアラートに『クジラ』という単語を設定して、日々、ニュースを拾っています。そのなかにおもしろいことがあればネタ帳に書き留めているんですけど、ネタ帳は何冊も溜まっています。過去に興味を抱いたページを後々めくりかえして探すのは大変だけど、自分で書き留めておいたことは不思議と楽に探せるんです。『あの表紙のあのネタ帳に書いたよな』となんとなく覚えているので、それを見返して作品に落とし込んだり。特に役立っているのが、今年からTwitterで発信を始めた『365日で学ぶクジラ・トリビア』のネタ探し。たとえば1月9日だったら、この日が『“ブルー”マウンテンの日』であることにちなんで、国立科学博物館の建物前に、BLUE WHALEの英名を持つシロナガスクジラの実物大の骨格模型があることを紹介しているんですけど、今までの人生で日記すら書いたことないんで、毎日ネタを発信するのはすごく大変。だけどそのぶんやりがいも大きいし、自分の知識の再構築にもなるから楽しんで続けています」
▶後編へ続く(6月30日掲載予定)
■あらたひとむさん
1973年生まれ。1990年からクジラをモチーフにしたイラスト・デザイン・絵本・グッズ製作などジャンルにこだわらずクジラにこだわり活動中。一番好きなクジラはコククジラ。
I LOVE WHALES あらたひとむホームページ