聞く
世の中のすべての資源は有限です。限りある資源を、今を生きるわたしたちで消費し尽くすことなく、次世代までつないでいくことはとても大切。そのためには、そのときどきで「どのくらいまでなら捕獲・採取してよいか」を割り出すことが必要です。クジラに関してももちろんそう。クジラを持続可能な資源として活用するためには、徹底した資源管理が不可欠。その役割を担っているのが、日本鯨類研究所の資源生物部門および資源管理部門です。同研究所で長年資源管理に携わっているみなさんは、日々、どんなことを研究しているのか、それぞれの部門の部門長にお話を伺います。まず前半にお答えくださるのは、資源生物部門 部門長の田村力さんです。
クジラから採取したサンプルをもとに、推定年齢や繁殖状況、食性を調査
――まずは、資源生物部門の仕事内容について聞かせてください。
「捕獲したクジラから採取したサンプルをもとに調査研究を進めるのが主な仕事です。具体的には、耳垢栓(じこうせん)や水晶体から年齢を推定したり、生殖腺標本から繁殖状況を把握したり。栄養状態や食性の調査などもおこないますが、そのなかでわたしが長年担当してきたのは胃内容の調査です」
胃内容調査は体力的にも大変だけど、憧れの南極にも行ける魅力いっぱいの仕事だった
――クジラの胃の中身となると、重量的にもニオイ的にもかなりきつそうですね。
「そうですね。初めて胃内容の調査に関わったのは学生時代だったんですけど、いわゆる3Kの仕事ということで、『若いからがんばれるよね』ということで臨時調査員としてですが船に乗せてもらいました。とはいえ、最初から胃内容の調査に興味があったわけではなく、もともとの目的は『南極に行くこと』(笑)僕は子どものときから南極に行きたかったんですけど、その当時南極に行く手段といえば、南極観測隊になるか自衛隊に入って『しらせ』の乗組員になるか。大学時代にはようやく南極ツアーというものも出てきたけど、同じころ、鯨類の捕獲調査もはじまって『そういう手段もあるのか!』とツテを辿った未だに臨時調査員をさせてもらうことになったんです」
胃の中からは魚だけでなく鳥まで出てくることも!興味本位でアルバイトに参加したけど、どんどんのめり込んでいった
――相当南極に行きたかったんですね(笑)
「そうなんです。その夢を叶えるべく、南極観測隊に入る最短ルートを考え、北海道大学に進んで浮遊生物学を学んでいたくらい。北大では大学院まで進んだんですけど、そのころはまだクジラに関わる仕事をやりたいだなんて考えていなくて、研究対象はアザラシにしようと思っていました。ところが、アザラシの研究のためにロシアに渡ろうと思っていた矢先、ゴルバチョフ政権が失脚したことでビザが下りなくなった。既に休学もしていて大学にも戻れずどうしようかと思っていたら、大学の先生から船のバイトを紹介されて、司厨員としてしばらく船での生活を送っていたこともありました。その経験もあって、その後、胃内容の調査員として乗船させてもらった際も、船酔いすることなく乗り切れたのかもしれません。しかも、胃内容の調査ってやってみたらおもしろかった。オキアミみたいなちっちゃいものが出てくることもあれば、すごく大きな魚が出てくることもあるし、うっかり飲み込んだ鳥が出てくることもある。すごいなあ、おもしろいなあ、という感想を素直に口にしたところ、『それならこういう研究したら?』と声をかけてもらったことがきっかけで今に至ります」
胃液で溶けてしまったものを見ながら、元がなんだったかを探るのはワクワクする作業
――なかなかユニークな経緯ですね。
「まずは修士論文でオキアミの研究をまとめたんですけど、その後、当時遠洋水産研究所の方がやっている仕事を手伝うところからスタートしました。そこからは本格的に調査に携わるようになったんですけど、実際にクジラを捕獲しておこなう調査なので結構大変。胃内容物の量も、クロミンククジラも数百キロありますが、イワシクジラだと1トン近くもあります。胃の中に入っているものを測るだけでも大変だし、当然、胃液でドロドロに溶けているものも。パーツをみながら、それが何なのかを探る作業は、大変だけど楽しかったですね。海域や鯨種によって、食べているものが全然違ったりするんですよ」
特定の魚が減ったり、水温が変化したりしたことが原因で、クジラが食べるものが変化することも
――昔と今とで、食べているものに変化はありますか?
「南半球に棲息しているクジラに関しては、ほとんど変化がないです。南極にはオキアミがたくさんいるので、クジラの種類にもよりますが、基本、オキアミを食べています。一方、北半球のクジラは食性の変化が大きい。たとえば、1990年から2000年代前半にかけては、ミンククジラがサンマやスルメイカ、カタクチイワシを食べていることがニュースになったこともあります。その後、サンマが減ってからはクジラの胃からどんなものが出てくることが多いかというと、マイワシやマサバです。そういうふうに、餌が減ったことが理由で別の餌にスイッチすることもあれば、水温の変化によって棲息する場所が変わることもある。エサとする魚がいなくなったことで、回遊する場所も変わってくるということです」
商業捕鯨に移行したことで、胃の中身をすべて陸に持って帰れなくなった
――調査捕鯨時代と商業捕鯨時代とで調査の仕方に違いはありますか?
「だいぶ違います。調査捕鯨の沿岸調査では、船上での解体は許されていなかったんです。クジラをまるごと持って帰ってきて、陸上で調査しながら、解体していました。だけど今は船上で解体しますし、衛生面の観点から、胃内容の大半は船上で確認後に海に戻します。持ち込んだところで廃棄物なので捨てるのにお金がかかってしまいますから」
皮膚を解析して食べているものがある程度割り出せるようになるなど、日々、技術も進歩している
――陸上に持ち込めなくなったことで、調査に十分なデータが集まらないということはないのですか?
「代替法を模索することは必要です。商業捕鯨になっても『持続的利用』という目的はぶれていないので、きちんと調査して捕獲枠を出すことは大切ですから。しかも、目視調査だと反捕鯨国もおこなっていますが、捕獲したクジラを用いての研究をおこなっている国は少ないので、そういう意味でも日本が担っている役割は大きいです。最近では、皮膚の一部を解析することで食べているものや栄養状態もある程度までならわかるようになるなど、調査技術も日々進化していますが、今後さらに解明を進めることで、鯨類の持続的利用に貢献できたらと思っています」
■田村力さん
日本鯨類研究所 資源生物部門に所属し部門長を務める。研究者として活躍するほか、児童向けの出張講座も行う。