聞く
山口県下関市で、クジラ料理専門店『下関くじら館』を営む小島純子さんインタビュー。前編では、小島さんのお父様が『くじら館』をオープンした経緯から、その後の葛藤にいたるまでをお伺いしましたが、後編では、クジラの食文化普及のために、現在取り組んでいることを中心にお話いただきます。また、小島さんが考えるクジラの魅力や、鯨食文化を守るための施策についてもお伺いしました。
おいしいクジラ料理を作れる料理人の育成や、広く一般にクジラ料理を食べてもらうことにも力を入れている
――『下関くじら館』を訪れたお客さまは、クジラ料理だけでなく、クジラにまつわるお話を聴くことも楽しめるとのことですが、来店されたお客さま“以外”に対しても、クジラについて知ってもらうための取り組みをおこなっていますか?
「ひとつは、板前への指導です。高騰するクジラの(食べ物としての)生き残りをかけた取り組みとして、『高級料理としてのクジラ料理』を作ることができる板前を育成することが有効だと考えています。それから、店以外の場所でも食べてもらえるよう、子どもたちのためのクジラ料理教室を開いたり、行政の方たちと『くじらサマースクール』を開催したりすることもあります。もちろん、大人に食べてもらえる機会も大事なので、『日本女性会議』でクジラのカツを振る舞ったこともあったし、過去にはTV番組『11PM(イレブン・ピーエム)』(1965年から1990年にかけて放映された人気深夜番組)で出演者にクジラ懐石を食べてもらったこともありました」
クジラの名を冠した球団「大洋ホエールズ」が生まれた地として、全国の人に下関の歴史に目を向けてもらえることは大きなチャンス
――クジラへの関心が高い人以外にも食べてもらう機会を持つことで、そこからクジラファンになる人も多いですか?
「そうですね。食べてみておいしさを知ったことで、クジラ好きになられる方もいますよ。下関は、横浜DeNAベイスターズの前身球団だった大洋ホエールズが生まれた地なので、横浜DeNAファンの方が集まっていらっしゃるのですが、好きな球団の聖地だと思って下関を訪れた人もクジラ好きになってもらえると本当にうれしい。『下関はおいしいクジラを食べられるところ』として全国の方に知っていただけますからね。横浜ベイスターズ(当時)が日本一を達成した年には、店の前で鏡割りをして振る舞い酒で祝ったこともありましたが、そうした機会に、クジラの街として栄えた下関で球団が生まれ、市民が支えた歴史を全国の人に知ってもらえるのもうれしいことですから」
若い人に楽しんでもらえる新メニュー開発にも積極的
――幅広い世代の方に楽しんでいただくべく、新しいメニューの開発にも力を入れていらっしゃいますね。
「若者にクジラのおいしさを知ってもらうために、若い世代に喜んで食べてもらえる新メニューを開発することは大事だと考えています。『くじらハリハリラーメン』(写真上)もそのひとつ。クジラのさえずりとスジを店で煮込んで作っています。スープも、何日もかけて煮出しているし、防腐剤不使用ですから、小さなお子さんにも安心して召し上がっていただけますよ。それに、このラーメンはコラーゲンたっぷりですごく肌にもいいんで、美容に関心の高い女性にも積極的に食べてもらいたいですね」
きちんと“型”を知っていてこそ、型破りなメニューも開発できる
――新メニューをさまざまに開発しながらも、一方で、伝統的な料理も大切にされているのが印象的です。
「先人たちが伝えてくれた伝統的なクジラ料理はしっかり継承していきたいと思っています。料理って伝統芸能と同じで、“型”を知っているから型破りができるものだから。鯨肉を扱う料理人たちには、今の料理だけじゃなく、“型”もきちんと学んでほしいと思っています」
若者にも気軽にクジラを食べてほしいから、コースは3,000円から用意
――シンプルに刺身で食べるのもやはりおいしいですしね。
「そうですね。うちでもいろんな刺身を用意していますが、クジラのほっぺたの赤身、クジラの下あご部分の鹿子、尾身の3つの一番おいしいところを盛り合わせた“極み”(写真上)は特に人気です。でも、高いものばかりだと若い人は手を出しづらいので、クジラに興味がある学生さんたちにも楽しんでもらえるよう、3,000円のコースも用意しています。3,000円だけど刺身も竜田揚げもステーキも食べることができるし、お通しには、貴重なクジラの心臓を提供しています」
「ハレの日の料理」としてクジラ料理を楽しんでほしい
――季節のお料理も提供されているそうですね。
「そうなんです。毎年、お正月にはクジラのお雑煮を提供しています。続けてきた甲斐があって、最近では地元のみなさんのなかでも定着してきたようで、今やお正月にクジラのお雑煮を食べるためにお店を訪れてくださる方もいらっしゃいます。また、2月には恵方巻き、3月にはひな祭りの料理を提供しています。どうしてこの季節の料理にこだわっているかというと、伝統的なハレの日の食材として鯨肉を使っていただくことが、食文化の継承にもつながっていくと考えているからです。それから2019年には下関で水揚げされたニタリクジラを使って、商業捕鯨再開イベント『くじら祭り』も開催しました」
食文化継承のためには、小さいころから食材に慣れ親しむことも大切
――下関では今でも給食でクジラメニューが出ているそうですが、子どものころから食べることも、食文化の継承につながりそうですね。
「給食での提供は一度途絶えたんですけど、それはダメだと働きかけた結果、年一回の提供から復活して、現在では2~3ヶ月に1回(のべ10万食)提供されるようになりました。鯨食文化を継承したいと願った下関市民の熱意のおかげですね。大学進学で下関を離れた子たちが、子どものころ給食でクジラを食べていない地域の友だちを連れて店に食べにきてくれたりすると、『大人たち皆なががんばってあなたたちに食べさせた甲斐があったなあ』ってしみじみします思いますよ(笑)小さいころから食べてきたものは、大人になっても食べたいと思うし、周りのみんなにもそのおいしさを教えたいと思うものですよね」
クジラが“食のセーフティネット”であることを理解して、捕鯨産業を守ることは食料自給率を上げることにもつながる
――「おいしい」以外のクジラの魅力はどんなところにあると思いますか?
「食糧難の時代において、クジラは“食のセーフティネット”になります。ステーキにしてもおいしいクジラは、水産資源ではありますが畜肉に近い存在。肉としてとらえれば、捕鯨産業を守ることは日本の食料自給率を上げることにもつながるということを、政府から国民に訴えかけてほしいです。過去を振り返れば、わたしたちは戦後の食べ物が不足していた時代もクジラに救われています。イワシクジラ一頭は牛に換算すると約50頭分に相当すると言われていますが、牛のように飼料や世話する人も必要としません。しかも、冷凍して備蓄することだってできるんだから、未来に備えない手はない。100年先、200年先に起こるかもしれない食料危機のことを考えて、未来の人たちにギフトを残しておいてもいいんじゃないかなと思います」
▶小島純子さんのinterview前編
「“商業捕鯨一時停止”という言葉は、『捕鯨=悪』の刷り込みを与えるためのプロパガンダだった」
■小島純子さん
下関くじら館 店長
1977年創業 鯨料理専門店
クジラの食文化を継承する老舗としてバリエーション豊かなクジラ料理が楽しめる。