聞く
長寿番組『笑点』でおなじみの林家木久扇さんは、なんと今年で芸能生活60周年を迎えられました。コロナ禍により60周年記念公演は延期となっていたものの、「今のこの状況でもできることを」と、YouTuberとして積極的に活動する日々。寄席にくることができない年配の方や地方、海外の方に向けて楽しい情報を発信し続けています。それだけでなく、漫画家や画家などさまざまな肩書を持つ木久扇さん。実は、「クジラ食文化を守る会」副理事長として、クジラ食文化の普及にも尽力しています。「子どものころからよくクジラを食べていました」と笑顔で教えてくれる木久扇さんに、クジラ食文化について思うことを聞かせていただきました。
肉や卵が手に入らない時代、クジラは貴重なたんぱく源だった
――木久扇さんが初めてクジラを召し上がったのはいつですか?
「小学校3年生のころの学校給食ですね。当時は日本の食糧事情的に大変貧乏で、肉や卵は一般の人には手の届かないお値段でした。そんな中、捕鯨が盛んにおこなわれてクジラはたくさん獲れていたことから、魚屋さんで安く売られていました。お袋もしょっちゅう買ってきていたんですけど、ブロック(塊肉)を片縄で十文字に縛ってくれるから血がしたたっていたし、当時は冷凍技術が発達していないから大変臭みがありました。それが食味の邪魔だったんです。なので、獣臭さを消すために、タレにつけてニオイを飛ばしていました。普通、獣臭さってお酒と醤油で消すんですけど、クジラの場合は炭火で焼くと料理酒の糖分でカチンカチンになっちゃう。だから、焼酎をお醤油で割ったものを使っていましたね。刻んだ玉ねぎと生姜もいっぱいいれてました」
「僕の片腕はクジラでできている」って言いたくなるくらいたくさんのクジラを食べてきた
――家庭の食卓にも頻繁に登場していたのですか?
「僕の片腕くらいはクジラでできてるんじゃないかな。それくらい食べていました。食卓にはいつもクジラがあったんです。塊で買ったクジラのベーコンは、薄く切って辛子を塗って食べていました。強烈な香辛料を使わないと、ニオイが強くて食べにくかったんですよ。ベーコンを細かく刻んで炒飯の具にすることもありましたね。たんぱく源として、今でいうアジの開きや秋刀魚の塩焼きより浸透してたくらい。しかも、冷凍したものを解凍して売っているから旬がない。一年中食べていたし、竜田揚げ、クジラカレー、クジラカツなんかも街で売っていました」
給食のおばちゃんが「今日はクジラカレーだよ」って教えてくれるとお昼時が待ち遠しかった
――子どものころからクジラ料理がお好きでしたか?
「好きっていうか、それしかなかったですから。当時はアメリカ軍のことを“進駐軍”なんて呼んでいた時代で、飲み物は脱脂粉乳でした。みんなそれを飲んでいたけど、日向臭くておいしくなかったんですよ。給食は鮭やサバの缶詰なんかがメインだったんですけど、一缶を3人で分けるんです。それをコッペパンと一緒に食べてた。今なら野菜サラダとか味噌汁もつくのにね。だけど、給食のメニューがクジラカレーの日はうれしかったですね。杉並区の桃井第三小学校に通っていたんですけどね、給食の献立表がいつも黒板に張り出されていたんですよ。校内で給食を作ってるおばちゃんたちが『今日はクジラカレーだよ』って声をかけてくれることもあって。そうするとお昼になるのが楽しみでしたね」
国際的に反捕鯨派の圧力が強くなったことで、「クジラ食文化を守る会」を結成
――その後もずっとクジラを食べ続けていらっしゃるのですか?
「それが、段々と国際的世論が厳しくなってきたんですよ。『クジラを食べるのはよくないことだ』って。日本では縄文時代からクジラを食べていたことは、遺跡からクジラの骨が出てきたことからもわかっているのに。クジラ食文化がある国なんだから、単純に考えれば、いつも通りのごはんを食べていたところ、通りがかりの人がいきなり『こんなもの食べたらだめだ!』って言ってきたようなもの。そういう状況になったことで、文句を言わせないように食文化を『守る』必要性が出てきました。『守る』っていうのは、誰かが攻めてくるから起こす行動なんだけど、このときは、発酵学者の小泉武夫さんや写真家の秋山庄太郎さん、新宿『樽一』、渋谷『元祖くじら屋』の社長なんかが集まって、『クジラ食文化を守る会』が発足することになりました。その中になんで僕が入っていたかというと、『笑点』での小咄の前のマクラで宣伝することもできるし、絵を描いて発信することもできたから、広報部として期待されていたと思います」
捕鯨の反対運動をしている人たちの目的はお金
――『クジラ食文化を守る会』発足当時、国際的な風当たりは強かったですか?
「世界的にもかなりの規模の反対運動が起こっている時代でした。なぜかというと、反対運動をすると献金が集まってくるから。だけど、ペリーは鯨油を確保するための捕鯨船の基地として日本に開国を求めてきたわけだし、ハワイにもラハイナ港という捕鯨基地があった。それなのにお金が入るからと、調査捕鯨をしている日本の船に体当たりしてきたこともありましたよね。その後しばらくは国際的にも大きな問題になっていましたけど、今は日本がIWCを脱退したし、調査捕鯨の船も出ないからお金が集まらなくなって尻すぼみになっちゃった」
日本各地には、毎年クジラ供養の法要を欠かさない寺院もある
――反捕鯨団体の妨害を報道でご覧になったときはどう思われましたか?
「あれは差別だと思いました。なにより、伝統の食文化のことをよくわかっていない。日本人は捕ったクジラを供養するために、たとえば山口県の向岸寺では「鯨回向」という法要がおこなわれているし、佐賀県の龍昌院でも毎年クジラ供養がおこなわれています。『人間のために身体を捧げてくれたあなたたちは神様の遣いだ』と、クジラに感謝の気持ちを示しているんです。一方で、豚や牛を食べて供養する民族は聞いたことがない。ハムだってソーセージだって動物の命をいただいて作ったものなのに、その命を弔うことはしない。身体を提供してくれた動物に対してお礼を言う日本人は、すごく礼儀正しいと思いますよ」
なにはともあれ、まずは食べることでクジラを知ってほしい
――「クジラ食文化を守る会」のイベントでは、参加者にどんなことをお話されているのですか?
「全国を回って講演会や国際交流会など開催してきましたが、どのイベントの前にも必ずクジラ料理を提供してきました。参加者の中にはクジラを食べたことがない人もいるので、まずはクジラのことを知ってもらうことを大切にしています。試食後に、クジラは日本古来の伝統食であること、唇から尻尾まで捨てるところがないこと、認知症予防の効能が期待できるとの研究結果が出ていることなどもお話します。日本には昔から、『クジラ捕りにボケなし』っていう言葉もありますが、鯨肉に含有されている成分を摂取すると物忘れしにくくなることが、最近の研究で証明されつつあるんです。それから、議員さんや外国人記者を呼んで、日本中のクジラ料理の名店の料理を振る舞ったこともありますよ。でも、海外の記者たちは記事に書いてくれないんですが、みんな『おいしい』とは言ってくれるんです。千代田区永田町は憲政記念館で毎年催されてるんです。外国に向かって鯨食は『日本人が大切にしている食文化だ』って発信しているんです。」
エサも牧童も不要なクジラは“100%丸儲け”
――海外の方にも、クジラ食文化を伝えていらっしゃるのですね。
「はい。『クジラ食文化を守る会』としてNYの新聞に投書したこともあります。でも、海外の方が書いた本で参考になるものもあるんですよ。アーサー・C・クラークというイギリスのSF作家が書いた『海底牧場』という本です。海底の“牧場”で放牧されたクジラが、人類の食料需要量の一割以上をまかなうようになるというストーリーなんですけど、実際、ミンククジラ一頭からは牛20頭分の肉が獲れるんですよ。しかも、牧場で牛を育てるにはエサ代もかかるし、牛の世話をする牧童も必要になるけど、海に育まれるクジラには一銭もかかっていない。100%丸儲けなんです。そこに着目して、将来的に食糧事情が悪くなったときには、クジラが人類の命をつないでくれるだろうってことも描いた作品です」
クジラについてわかりやすく学べる本や映画も参考にしてほしい
――クジラに関する本や映画などもさまざまにご覧になってきましたか?
「おすすめはたくさんありますよ。小泉武夫さんの『鯨は国を助く』(小学館)はすごくわかりやすいし、同じく小泉さんの『賢者の非常食』(IDP新書)、梅崎義人さんの『日本人のクジラ学』(講談社)もぜひ読んでほしい一冊です。それから、ロンドン国際映画製作者祭の長編ドキュメンタリー部門で最優秀監督賞を受賞した、八木景子さんの『ビハインド・ザ・コーブ』もたくさんの人に観てほしいです。捕鯨論争における両派へのインタビューを基軸としながら政治的側面にも迫った内容なんですが、クジラを食べないイギリスの映画祭で最優秀監督賞を獲れたっていうのは大変すごいことだと思います」
クジラはいつも食卓にある食材ではないかもしれないけど・・・
――本や映画にも記されている事実で、わたしたちが知らないことはたくさんあるでしょうね。
「そう思います。小泉さんは絵本も随分出されていて、本当にわかりやすく伝えようとしています。それでもなかなかわかってもらえないのは、いつも食卓にあるものではないからかもしれませんね。牛や豚は、牛乳パックだとかお店の包み紙にもいっぱい絵が描かれているけどクジラはそうじゃない。ソフト面がすごく弱いと思います。」
漫画で伝えれば、子どもたちもクジラに興味を持ちやすいと思う
――そうした事実をより多くの人に知ってもらうためにはどんな工夫が効果的でしょうか?
「日本は漫画文化の国ですから、アニメや漫画で伝えるのはいいと思います。たとえばアンパンマンがヒットしたことで爆発的にアンパンが売れたこともあるでしょう? アンパンマンだとか鉄腕アトムだとか、誰もがぱっと思い浮かべられるキャラクターを通して、子どもたちに伝えていけるといいなと思います」
■林家木久扇さん
1937年生まれ。落語家。漫画家。YouTuber。「笑点」の大喜利メンバーとして活躍。「くじら食文化を守る会」の副理事長も務める。現在は「芸能生活60周年記念公演」を開催。
詳しくは林家木久扇公式HPまで。
※コロナウイルスの影響により開演状況が変更となる場合がございます。
□YouTubeチャンネル「KIKUKIN TV」も開設。