聞く
ノルウェー最大の捕鯨会社、ミクロブストバルプロダクタエーエス社の日本法人「ミクロブストジャパン」代表を務める志水浩彦さんのインタビュー後半。前半では、志水さんが考える「日本のおこなっているクジラの調査およびクジラそのものについて正しく知ってもらうために必要なこと」を伺いましたが、後半では、現在のお仕事や、日本とクジラの関係についてもお話を聴いていきます。
クジラを通して、日本には北から南までさまざまな文化があることを知った
――国際会議や海外の捕鯨基地でのイベントへの参加などを通して、クジラへの造詣を深めていく一方、「日本のクジラ文化」に触れる機会も多かったと思います。
「そうなんです。おもしろかったのが、日本各地の試食イベントなどにも携わらせていただいていたんですけど、伝統的にクジラを食べている地域だと、毎回ずらーっと列ができるんですよ。名古屋で生まれて鹿児島で学び、東京で働いている僕にとって、クジラが大好きで行列を作ってでも食べたい人がたくさんいる地域があることは目からうろこ。日本って北から南までこんなに多様な食文化があるんだ! 自分は日本のことを何も知らずにこれまで生きてきたんだなと思わされましたね。韓国やアメリカに留学していた当時、日本のことを訊かれるたびに、自分が生まれ育った国のことを何も知らないことを痛感させられていたけど、そのことを再確認したという感じ。同時に、文化面でのクジラの魅力にもはまっていきました」
インターン期間中にはクジラに関する卒論を執筆。卒業後は共同船舶社員へ
――日本捕鯨協会でのインターンはどのくらい続けたのですか?
「1年間の契約期間終了を迎えた際、『来年のIWC国際会議は下関でおこなわれるし、一緒に世論を盛り上げていきましょう』とお声掛けいただき、業務上提携関係にある共同船舶株式会社(以下、共同船舶)に入社させていただきました。インターン期間中には、クジラに関する卒業論文も書き上げて、大学も無事卒業することができました」
宣伝力が足りず在庫が増えると、小売店やメーカーから不満の声も
――共同船舶(株) 入社後はどのような業務を担当されていたのですか?
「それまで通り、国際会議や地方のイベントには出席していました。そのほかには、韓国に初めてのクジラ博物館をつくる際、日本にある骨格標本などを輸出する窓口業務なども担当しましたね。クジラ関係の仕事っていうと基本的に国際会議とか国単位とかになるので、動き方は大きいです。そのなかで、国内の加工メーカーや鯨肉を使っている業者と直で接することも多いんですけど、当時は、日本捕鯨協会や共同船舶(株)に対する不満もよく耳にしました。なぜ文句が出てくるかというと、宣伝力が足りていないため在庫が多かったから。以前の共同船舶(株)は、クジラの魅力を伝える努力、業界全体を盛り上げる意識に欠けていたんです。そうした背景があったことから、『在庫を減らすために営業を増やしたい』と僕も営業部に異動になりました」
ノルウェーから独自ルートで日本に鯨肉を輸入するミクロブストジャパンの代表取締役に
――営業としてどんな業務をおこなってきたのですか?
「受注処理から全国のお客様への営業、販促企画まで幅広くやらせていただきましたが、異動後しばらくしてからは、ノルウェーからの鯨肉輸入担当に指名されました。背景にあったのは、その当時、経営改善のために一時的に会社に入ってきた新しい経営指導者が、『輸入鯨肉も共同船舶で一元管理すべき』との方針を打ち出したこと。なぜかというと、僕は捕鯨協会にいた時代、ノルウェーで鯨肉加工をやっている方と親しくなっていたため、交渉などもスムーズに進められると判断されたためです。結果的にその加工屋と提携することにはならず、他のノルウェーの生産者から鯨肉を仕入れることになりましたが、任期中、現地の捕鯨船に何度も乗船。数年かけて、順調に品質改善を進めることができました。ところが、経営改善のための指導者が任務期間を終えていなくなると、残念ながら共同船舶は以前のような保守的な体質に戻ってしまいました。その変遷を間近に見て、このままでは日本のクジラ業界を引率すべき共同船舶は衰退する一方だと思い、退社を決意。そこにノルウェーから直接電話がかかってきて、『日本向けに独自ルートでクジラ肉を売りたいから手伝ってくれないか?』とのオファー。二つ返事でOKしてノルウェーの会社で働くことになり、後に日本法人のミクロブストジャパンを作ることになりました」
鯨肉のことを知らない人に鯨肉を買ってもらうためにも、おいしい食べ方まで伝えることが大切
――ミクロブストジャパンでは、鯨肉の扱い方やレシピを掲載した冊子『鯨肉調理マニュアル』なども制作されていますね。
「なんであのマニュアルを作ったかというと、『鯨肉はおいしいですよ』とどれだけ声高に叫んでも、食べたことも触ったこともない人が買うわけがないから。つい最近まで、鯨肉の注文書には、たとえば『畝須10kg』だとかの聞きなれない用語が並んでいて、見る人が鯨肉に精通していることを前提としているとしか思えないものでした。そうすると、新規の顧客を獲得するなんて到底無理。今まで鯨肉のことを知らなかった人に鯨肉のことを伝えるためには、一からしっかり説明したものが必要ですよね? というところからこのマニュアル作りをスタートしました。特に、若い人たちに食べてもらえる場所となる飲食店でのクジラメニュー開発に貢献したい想いがあったので、飲食店目線で、解凍方法やレシピを詳しく紹介することを意識しました。冊子の裏表紙には、興味を持ってくれた方にすぐにお買い求めいただけるよう、販売サイトの情報も掲載しています」
日本のクジラ食文化は海外と比較しても発達している
――『鯨肉調理マニュアル』にはたくさんの鯨肉料理店が協力されていますね。
「このマニュアルを作ろうと思ったきっかけのひとつが、レシピ協力してくださっている大阪の『徳家』が出版されている『徳家秘伝 鯨料理の本』(講談社)がすばらしかったからなんです。カラー写真も豊富だし、CWニコルさんの寄稿文まで盛り込まれた充実の内容で、レシピにいたっては英語と日本語の両方でしたためられています。クジラのことを知ってもらうために、伝える努力を惜しんでいない、ステキな本だな。自分にもいつかこういうものが作れたなという想いがずっと心の中にありました。ちなみに、『鯨肉調理マニュアル』にも掲載している徳家さんの『さえずり煮』は僕が一番好きなクジラ料理。ノルウェーではクジラは赤身肉しか食べませんが、日本ではさえずり(舌)まで食べるって相当食文化が発達していることの証拠でもあるし、上品で奥深い味わいも気に入っています。それと、このマニュアルの制作にあたっては、本当に有難いことに、各地の有名なクジラ料理専門店の方々が、何十という秘伝のレシピを公開してくださいました。このマニュアルは、クジラに熱い多くの関係者の想いでできているんです」
文化面でもクジラは日本になじみ深い存在
――ノルウェーと日本ではクジラの食べ方にも違いがあるんですね。
「そうなんです。ノルウェーでは皮とかも全部捨てます。もともと鯨油目的で獲っていたという捕鯨の歴史はあるんですけど、油に関してはビジネス的観点で見ているだけで、産業としてドライに対峙している。いわば、『需要があるかないか』だけです。一方で日本は、食文化から文楽の人形にまで使用していて、すごく多岐に及んでいるし厚みがありますよね。クジラをかたどったお菓子もあるし、地域によっては鯉のぼりならぬクジラのぼりを揚げる地域もある。これだけ人々の生活にまで根差しているって特別なことだと思うし、知れば知るほど、クジラっておもしろいなと思います」
食料問題の観点から見ても、ひとつでも多くの食べられる食料があったほうがいい
――食材としてのクジラについてはどうお考えですか?
「そもそも、クジラが食材であることすらあまり認識されていないように思います。だから、『おいしくて栄養のある食材だよ』ということを伝えたい。でもね、『日本の食文化だから食べましょう』という言い方は間違っていると思うんです。『食文化だから大事にしたい』という人の想いは否定しないけど、『食文化だから食べましょう』というのはしっくりこない。前提として、食糧問題の観点からしても、人間は食べ物に対してひとつでも多くの選択肢を持っていたほうがいいのだから、そのうちのひとつにクジラがあるなら、手放す必要がないですよね。たとえば、みんなが牛肉しか食べない世界だと、環境負荷はかなりのものになってしまいます」
クジラはわたしたち人間に大きな恵みを与えてくれる
――鶏や豚同様、わたしたちの命をつないでくれている大切な存在なんですね。
「そうですよね。人間は生き物の命をいただきながら生きてきていて、鶏だって豚だって牛だって何頭も食べてきているわけですから。クジラだっておんなじひとつの命ですが、クジラ一頭が人間に与えてくれる恵みはすごく大きい。海が育んでくれている命だから、餌を作るための命もいらなくて、家畜よりも環境にやさしい。人口爆発によって食べ物が足りない時代に、栄養の宝庫ともなる貴重な生き物です。だからこそ絶対に資源管理しながら大事に利用しないといけないし、絶対に絶滅させることがあってはならない。そのための調査や活動を真面目にやっているのが日本であって、日本が向かっている、地球と人間との共存の方向は間違っていないと思っています」
志水浩彦さん
株式会社ミクロブストジャパン 代表取締役社長
ミクロブストバルプロダクタエーエス 最高執行責任者
1976年生まれ。愛知県名古屋市出身。 捕鯨業界には、学生時代にインターンとして関わり始め、その後、大学卒業と同時に調査捕鯨会社に入社。現在はノルウェーの捕鯨会社の日本代表として北極海で操業する捕鯨船にも毎年乗り込む。海洋資源の持続可能な利用を行う管理された捕鯨産業の発展、伝統的な捕鯨文化の継承のためにも多くの方に鯨肉の素晴らしさを伝える必要があると考え、鯨肉販売だけではなく、鯨食の啓発、普及の活動も行っている。