聞く
2019年、商業捕鯨再開とともに、捕鯨に関するニュースを見聞きする機会は増えたものの、クジラがどこで獲られているのか、どうやってわたしたちの食卓に届くのかといった基本的なことも知らない人は大勢いるのではないでしょうか。ノルウェー最大の捕鯨会社、ミクロブストバルプロダクタエーエス社の日本法人「ミクロブストジャパン」代表を務める志水浩彦さんも、大学時代までは「クジラのことを何も知らなかった」というひとり。では、何がきっかけでクジラに関心を抱き、どんなことを学び、クジラ業界に飛び込むことになったのでしょうか?お話を伺いました。
金魚好きが高じて水産学部に進学
――志水さんは鹿児島大学水産学部で学ばれていますが、小さいころからクジラに関心があったわけではないのですか?
「それが全然違うんです。子ども時代は金魚を飼うのが大好きで、種類の異なる金魚を交配させては、『どんな金魚が生まれるだろう?』とワクワクしていました。僕は名古屋出身なんですけど、名古屋には、弥富市という金魚の産地があって、近所でもたくさん売られていたんです。しかも、実家はすごく田舎だったので、周りはミジンコや虫が生息している田んぼだらけ。エサとなるものを自分で獲ってきては、金魚に与えていました。それがすごく楽しかったことから、いつしか水産学部に行きたいと考えるようになったんですけど、第一志望の北海道大学は偏差値的に難しかったので、『北がダメなら南だ!』って考えて鹿児島大学を選びました。とにかく名古屋を出て一人暮らししたかったんですけど、東京は物価が高そうだから地方がいいなと思って(笑)」
アメリカ留学時、クラスメイトから日本の捕鯨を批判されて衝撃を受けた
――金魚の飼育きっかけで水産学部に入学とはユニークですね! その後、大学に入学されてからほどなくしてクジラに興味を抱かれたのでしょうか?
「クジラのことを知りたいと思うようになったのは大学4年生のときです。僕は大学2年生で韓国のプギョン大学、4年生でアメリカのジョージア大学に留学しているんですけど、ジョージア大学時代、クラスメイトやルームメイトから『なんで日本人はクジラを獲るんだ? 野蛮だと思わないのか?』と訊かれたのがきっかけでした。アメリカ人ははっきりと物を言う性分なので、普段はすごく仲がよかったのに急に強い口調で尋ねられて、『なんでそんなに責められないといけないんだろう?』と衝撃を受けました」
資源管理のこともしっかり考えている、日本の調査捕鯨に俄然興味が沸いた
――そのときはなんと答えたんですか?
「それが、僕自身、それまでクジラについて考えたことがなかったので、捕鯨に対しての自分なりの考えというものがありませんでした。そこでまずは、アメリカにいながらにして日本の捕鯨について調べました。当時はノートパソコンなんかないから、ブラウン管のパソコンだし回線も遅かったんだけど、調べていくうちに、日本は調査捕鯨に大真面目に向き合っていて、きちんと資源管理していることがわかった。『なんだ!日本っていいことやってるじゃんか』と思いましたね。そういう経緯だったので、まずは資源管理という側面からクジラのことを掘り下げて卒業論文を書きたいと思ったけど、半分“自分探し”みたいな感覚で交換留学に行っていた自分には十分な知識も考えもなかった。そこで、アメリカから日本捕鯨協会に電話して、インターンとして働かせてほしいと直談判したんです」
留学先から大学に戻ることなく、捕鯨協会のインターン生に
――すごい行動力ですね。そしたら捕鯨協会の方はなんと?
「電話をかけたのが3月。交換留学は8月からスタートしていたのでまだまだ留学期間中だったんですけど、『日本は4月が新年度だけど来月から働けるか?』と言われて急きょ帰国しました。しかも、鹿児島に帰ることなく東京に向かい、そのまま1年間インターンとして働かせてもらうことになりました。その間、契約上はアルバイトみたいなものなのに、IWCの国際会議にも連れて行ってもらったり、韓国語がしゃべれたことから、釜山から片道約1時間の蔚山(ウルサン)っていう街のクジラ祭りを訪れるツアーのまとめ役を任せてもらったり。クジラについて学ぶ機会をたくさん得ることができました」
日本の調査捕鯨がきちんと評価されていないのは、情報発信力が弱いから
――知りたかった「資源管理」はどのような実情でしたか?
「日本政府から調査を請け負っている研究所は極めて真面目に調査していることがわかったし、日本の調査捕鯨に対する態度は真剣だとわかりました。海外からは『疑似商業捕鯨』だなんて言われることがあるけど、全然そうじゃないことを自分自身で確認できたんです。ただ同時に、外からのそうした批判を打破できないのは、日本の情報発信力が弱いからなのだということもわかりました」
広い視野を持ってクジラを語るスキルや努力が日本には欠けている
――どんなふうに情報発信していけば、文化の異なる人にも、日本も真剣にクジラの調査をしていることが伝わると思いますか?
「どんな調査をしているのか、その調査によって何がわかったのかなど、文章や映像にしてきちんと『伝える』ということをもっとやっていくことが必要だと思います。国際的にも理解を求めるのであれば、世界的な視野でクジラをとらえて、クジラの価値を伝えることも大切ですよね。会社をよりよくしていこうと思ったら、一会社員として自分が働いている部署のことだけ理解しているのでは足りないけど、それと同じこと。世界の中でクジラがどういう位置づけかを明確にするためには、たとえばほかの畜肉生産のことも知っておきたいし、海外の人の考えにもしっかりと耳を傾けたい。そのうえで、自分たちがどんなことをしているのかを伝えていくことが大切です」
とりわけ若い世代にクジラのおいしさを知ってもらいたい
――日本国内に目を向けても、クジラのことをほとんど知らないという人が多いですよね。
「確かにそうなんです。給食でも当たり前のようにクジラが食べられていた時代を経験した世代と違って、現在は鯨肉を食べたことがある人自体激減しています。かつては家の食卓にも登場した鯨肉ですが、今では食べる機会があるとしたら外食のみ。飲食店を通して、若い人たちにクジラのおいしさを知ってもらう努力なしには、クジラ業界は衰退してしまいます」
クジラを提供する飲食店を増やしていくことが大切
――昔のように学校給食に取り入れるのは難しいのでしょうか?
「学校給食は一食あたりの単価が決まっているので、給食業者も大変なのでしょうね。だけど、小さいときから食べていれば、『クジラっておいしいんだな』って思って大人になると思うし、少しでも早い段階でクジラの食体験ができたらいいですよね。そのためにも、飲食店にクジラメニューを積極的に取り入れてもらうための施策を考え続けることが必要です」
後編へつづく(10月28日掲載予定)
志水浩彦さん
株式会社ミクロブストジャパン 代表取締役社長
ミクロブストバルプロダクタエーエス 最高執行責任者
1976年生まれ。愛知県名古屋市出身。 捕鯨業界には、学生時代にインターンとして関わり始め、その後、大学卒業と同時に調査捕鯨会社に入社。現在はノルウェーの捕鯨会社の日本代表として北極海で操業する捕鯨船にも毎年乗り込む。海洋資源の持続可能な利用を行う管理された捕鯨産業の発展、伝統的な捕鯨文化の継承のためにも多くの方に鯨肉の素晴らしさを伝える必要があると考え、鯨肉販売だけではなく、鯨食の啓発、普及の活動も行っている。