「もっと食べることで、クジラをもっと知ってほしい」【加藤秀弘さんinterview後編】 | 聞く | くじらタウン

聞く

2020.09.30

「もっと食べることで、クジラをもっと知ってほしい」【加藤秀弘さんinterview後編】

Share :

2019年に上梓した『クジラ博士のフィールド戦記』(光文社)も好評の、水産学博士・加藤秀弘先生。大学時代にはアザラシやトドの研究に熱中していたといいますが、ひょんなことで出逢った旧鯨類研究所(現・鯨類研究所)所長のスカウトにより、“クジラ博士”としての道を歩み始めることに……。現在では、東洋海洋大の名誉教授や日本鯨類研究所顧問として、IWC(国際捕鯨委員会)科学委員会でクジラの保全について議論を重ねたり、後世の役に立つ学術書の編集や出版に勤しんだりする毎日を送られています。多忙な合間を縫っての貴重なインタビュー。後半では、これまでの具体的な研究内容や、クジラに対して想うことを教えていただきます。

クジラの年齢は、耳垢を調べるとわかる

――これまでのクジラの研究でどんなことがわかりましたか?

「哺乳類の年齢査定は基本的に歯を見るんですけど、クジラの場合、歯がないタイプもいるので、耳垢で査定します。クジラは全部で90種類いて、そのうち14種類がヒゲクジラで残りの76種類が歯クジラなんですけど、もともとはすべて歯クジラで、今から約4,000万年~3,500万年前に分化しているんです。耳垢を調べるとなんで年齢がわかるかというと、耳垢に木の年輪のようなものが出るためです。しかもその年輪を数えることは、年齢を知ることだけでなく、(クジラの)戸籍台帳の作成にもつながっていきます。なぜかというと、大人になった年齢や過去の動向もトレースできるから。この調査を長年続けていく中でわかったんですけど、昔のヒゲクジラは12歳くらいで第一子を産んでいたのに、最近は7歳くらいで赤ちゃんを生み始める」

シロナガスクジラが減少したことでクロミンククジラの発育状態が良好に

――どうしてそんなに年齢に開きが出てきたんですか?

「クジラの中でも特にヒゲクジラに分類されるクロミンククジラとシロナガスクジラは、規則正しい回遊生活をしていて、エサを食べる時期と食べない時期がはっきりしているんです。食べる時期は夏の3か月くらいで、その時期はみんな、エサがあるところに集まっちゃう。大きさ的にはシロナガスクジラが優勢なんだけど、あるときからシロナガスクジラの個体数が減少したことで、クロミンククジラが食べられるエサの量が増えて栄養状態がよくなったんです。これによって、人間でいう初潮に該当する春機発動(=生殖機能の発現が開始される時期)が早まったというわけ」

▲南極海ロス海にて(1983年1月)ソ連調査船ヴドムビー34号

ヒゲクジラは更年期もなく何歳になっても子どもを産める

――なるほど!初産が早まることにより、頭数などに変化は出てくるのでしょうか?

「 シロナガスやクロミンククジラがいるヒゲクジラグループでは更年期がなく、出産年齢にも制限がないから、赤ちゃんの数が増えることになります。つまり、生産性が高まるということですが、これを認めると結果としてクジラの捕獲枠が増えることを懸念してか、研究発表をしても、なかなかそれが正しいと認めてもらえなかった。実に15年もかかったんです。15年なんてかかったら、そもそも、議論している当人たち以外は、議論が続いているという実感さえなかったと思います」

人間とクジラは一番いい比較対象

――研究者って根性がいるんですね!

「もちろん根性がない人もいるし、僕もそれほどないかなあ。でも楽ではないですけど、やっていてよかったと思うこともたくさんありますよ。そもそも、クジラを見ていると、『我々もクジラみたいなもんだな』って思うんですよ。もしもクジラが人間の研究をしたら、我々と同じように『こいつら指が5本もあるぞ!』とか、なにか発見するたびにすごいって思うんじゃないかなって想像するんですよ。なんだかね、長い長い進化の、もうひとつのシナリオを見ている気分なんです。人間と鯨類って、機能的にも、一番いい比較対象だと思う。だから、『もっと食べてもっと中身も知ろうよ!』って言いたいですね」

サステナブルでない限り「食文化」とは呼べない

――食文化としてのクジラに関するお考えもぜひ聴かせてください。

「クジラを食べる文化自体はノルウェーにもアイスランドにも西アフリカやカリブ海諸国にもあって、それぞれが独自の文化を持っているし、文化に関しては僕の専門ではないので詳しくはわからないけど、ひとつ言えるのは、『食べ尽くす、獲り尽くす』をしてしまったら文化になり得ないということです。食文化というのは、持続的に利用できて初めて生まれるもの。持続できないところに文化はないし、それができないなら“殺戮の文化”とも呼ぶべきものになってしまう。日本では、いただいた命を余すことなく使わせていただくために、脂は田んぼに撒いてボウフラ除けに利用したし、文楽の人形にもクジラのヒゲが使われてきた。“文化”と呼ぶためには、少なくとも2つ以上のものが関わっていることが重要だという点から鑑みても、“反捕鯨”が文化かというと、僕はまだそう言えるまでのものにはなっていないと思う」

▲イワシクジラの頭骨

偏見が強く、お互いの考えを知ろうともしないのはよくないこと

――捕鯨に関する考えは人それぞれで難しいところですね。

「そこが一番の難問。賛成派反対派が対立しあって、お互いに勉強しあわなくなるんだよね。『僕は捕鯨に反対だから、日本鯨類研究所が出版しているものなんか読みません!』とか。中身をよく知らずにナチュラリスト気取りの若者も多いし、公平な世界じゃないなと思います。スタートラインよりだいぶ手前にハードルがあるっていうか、よくないことだらけですよね。調査捕鯨は国際条例に則って合法でやってきたわけだけど、そうすると成果も見えにくいし、やれることが狭まってくる。ニュートラルな若者も研究者も、硬直化するしかないような実態が、少しずつでも変わっていってくれたらいいのになと思います」

▶加藤秀弘さんのIntervew前編
「クジラも人間も、祖先は同じ哺乳類」

▲ノルウェー・トロムソ大学博物館所蔵のシロナガスクジラ頭骨(5.9m) 現在、しものせき水族館(海響館)が借用展示中

加藤秀弘さん
一般財団法人 日本鯨類研究所 顧問
東京海洋大学 名誉教授
1952年生まれ。北海道大学水産学部水産増殖学科卒業後、同大学院水産学研究科、旧(財)鯨類研究所、水産庁遠洋水産研究所鯨類生態研究室室長等を経て、2005年より東京海洋大学海洋環境学科教授。2018年4月より同大学名誉教授。水産学博士。

加藤秀弘『クジラ博士のフィールド戦記』/光文社新書
Share :