「クジラも人間も、祖先は同じ哺乳類」【加藤秀弘さんinterview前編】 | 聞く | くじらタウン

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2020.09.16

「クジラも人間も、祖先は同じ哺乳類」【加藤秀弘さんinterview前編】

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無類のクジラ好きやクジラに一家言ある専門家にお話を伺う、くじらタウンのinterviewコンテンツ「くじらとわたし」。3回目となる今回は、一風変わったオーラの持ち主、加藤秀弘先生のご登場です。東京海洋大学名誉教授、日本鯨類研究所顧問の肩書を有し、IWC科学委員会委員、IUCN(世界野生動物保護連合)鯨類専門グループ委員などを歴任してきた加藤先生の、一体どこが変わっているの? そう思う方も多いことでしょう。しかし、インタビューにお答えくださっている先生は、終始飄々としていて、どこか雄大な海をゆったりと泳ぐ大きなクジラを彷彿とさせるのです。研究の成果が認められるまでの十余年も、諦めずに論争を続ける根気強さだけでなく、時に運命の流れに身を任せてみる大胆さも持ち合わせている「クジラ博士」に、早速お話を伺ってみました。

▲オーストラリア・アデレード博物館 鯨類展示コーナー前にて

クジラをとりまく世界にはだかる厚くて高い壁のせいで、研究は何年も謬着状態

――まずは先生の現在のお仕事について教えてください。

「一昨年東京海洋大学を退任して、日本鯨類研究所に顧問としてご厄介になっています。仕事内容としては主に2つ。1つめは、もう最前線ではありませんが、IWC(国際捕鯨委員会)の科学委員会で、クジラの管理について話し合うことです。“管理”には獲ることも守ることも含むんですけど、“獲る”に関しては、“どれだけの頭数を獲ったら何年後の頭数はこのくらいになるだろう”の予測を立てることも必要です。もうひとつは、学術誌の編集と出版です。クジラを捕獲して研究することに関しては、様々な背景があるため残念ながら世界的にも論文掲載を忌避する傾向にもありますね。論文にしても、新しいことを発表するには壁が厚くて高いので、何年も同じ停滞を繰り返しているだけ。でもね、日本鯨類研究所の前身だった『旧鯨類研究所』の研究報告はものすごくグレードが高かった。なので、昨年亡くなられた大隅清治先生とともに、その当時の雑誌復興にも力を入れているし、英文のクジラの研究誌のコーディネイトにもどんどん貢献していきたいです。また、わたしは大学院を卒業してから約40年間にわたって鯨類の資源研究に携わってきましたが、そのノウハウを活かして、みなさんのバックアップをすることも大切な仕事です」

▲1983年 南極ロス海にて ヴドムチビー34号

大学時代はアザラシの研究に没頭。アザラシ漁に同行したことも

――先生がクジラを研究するようになったきっかけを教えてください。若いころからクジラに興味があったのでしょうか?

「僕はね、大学4年生まではアザラシを研究していたんです。単純に親元を離れたいという理由で地元・神奈川から遠い北海道大学を選び、そこで学んでいるうちにアザラシに辿り着いてね。最近の進路指導の先生って『将来何がやりたいかを考えて大学を選びなさい』って言うらしいけど、何がやりたいかなんてそんな若いうちからわかんないですよ。『それがわかりゃ、誰も苦労しないですよ』。僕の場合も、北海道、特に自然豊かな旧制以来の学生寮『恵迪寮』で暮らしているうちに、自然と興味を抱くようになった。そして、それがアザラシにつながった。北海道には、戦後、日本居留民といっしょに北海道東部に引き上げてきた少数民族の方もいた、樺太原住民族であるオロッコ族やギリヤーク族の方々でしたが、彼らの生業の一つがアザラシ漁だったの。そのことを知ってからは俄然興味が湧いてきて、アザラシ漁の船に、飯炊きとして乗り込ませてもらったこともあるくらいのめり込んでね」

骨格標本を採るための穴を掘ったのが、クジラと関わるようになったきっかけ

――あれ? もともとクジラについて学んでいたわけではないんですね。

「うん。だけど、大学院で詳しく研究しようと思っていたのに、入試に落ちて浪人するハメになっちゃって。それで、哀しき大学院浪人生活を続けていたんだけど、道東やサハリン沖で展開していたアザラシ猟が200海里問題の影響で停止され、そこでのアザラシ研究も辞めざるをえなくなってね(※1977年、『漁業水域に関する暫定措置法』が施工されたことにより排他的経済水域が200海里と定められた)。仕方がないから進路変更してトドの調査をしていたある日、北海道にいらしていた『旧鯨類研究所』の著名な大村秀雄所長に、僕の『穴の掘りっぷり』をかって頂いたんです。後からわかったことには、この穴は、骨格標本を作るためにクジラを埋めて、バクテリアに食べさせる工程に使用するものだったんですけどね。。それからしばらく経ったある日、所長さんが『東京へ来るか?』って連絡してきてくれたんです。現実的には、その後、当時遠洋水研・鯨類担当室長の大隅先生や日本捕鯨協会会長の山村和夫さんの後押しがあって、旧鯨研の研究員になりました。結局、私が最後の職員になりましたが……。

アザラシもクジラも、魚と哺乳類の「いいとこどり」をしている

――なんと!! しかも二つ返事!! そこから、クジラを一から勉強し始めたんですか?

「随分時間は節約できたと思いますよ。簡単に言うと、アザラシみたいなものが長~~く暮らしていくうちにクジラに進化したようなものだから。正確に言うとアザラシとクジラは系統が違うんだけど、どちらも、“水の中で暮らしている哺乳類”という点においては共通しているでしょ? オリジンが人間と同じクレオドント(=約1億5千万年前の白亜紀に存在したとされる原始哺乳類)。その中でも、アザラシとクジラは形も似ちゃってるよね。“魚のいいところ”“哺乳類のいいところ”をどっちも蓄積しているタイプと言える。僕としては、海生哺乳類を相手に仕事ができたらいいな、と思っていたので博士号を取る前だったけど大学院博士課程を退学して、東京に出てくることを決めました。以来、そこを皮切りにずっとクジラに携わらせてもらっています」 後編へつづく

▶加藤秀弘さんのIntervew後編
「もっと食べることで、クジラをもっと知ってほしい」

▲ノルウェー・トロムソ大学博物館所蔵のシロナガスクジラ頭骨(5.9m) 現在、しものせき水族館(海響館)が借用展示中

加藤秀弘さん
一般財団法人 日本鯨類研究所 顧問
東京海洋大学 名誉教授
1952年生まれ。北海道大学水産学部水産増殖学科卒業後、同大学院水産学研究科、旧(財)鯨類研究所、水産庁遠洋水産研究所鯨類生態研究室室長等を経て、2005年より東京海洋大学海洋環境学科教授。2018年4月より同大学名誉教授。水産学博士。

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