くじらの不思議
クジラの研究者 中村玄先生にクジラについて教わる連載企画【クジラを学ぼう!】
第4回目は「クジラの体について」です。
クジラの体の仕組みについて2回に分けて解説します。
今回はクジラの形、体毛、皮、体温調整、クジラヒゲ、ヒレ、おなかの畝(うね)についてです。
クジラの形からクジラを知る
クジラの体は流線型をしており鰭があります。クジラの祖先は陸を歩く四つ足動物でしたが、進化の過程で水棲適応(※1)していき、泳ぎやすい体に進化した結果、現在の魚のような形になりました。
※1 水棲適応…水中での生活に適応すること。
クジラの体毛
多くの哺乳類には体毛がありますが、クジラの皮膚はつるっとしていて基本的には毛が生えていません。ただ、まったくないわけではなく、噴気孔の周りやあごの一部には「感覚毛(かんかくもう)」が生えています。
詳しい役割はまだわかっていませんが神経に繋がっているので、水流や餌を感知しているのかもしれません。
クジラの皮(脂皮)
クジラの皮膚はどのような構造をしているのでしょうか。クジラは人間と同じ恒温動物 (こうおんどうぶつ) (※2)なので、体温を一定に保たないといけませんが、水は空気よりも早く熱を奪います。そこでクジラが進化させたのが「Blubber(ブラバー)」と呼ばれる皮下脂肪層です。
※2 恒温動物・・・気温や水温など周囲の温度に左右されることなく、自らの体温を一定に保つことができる動物
このクジラの脂肪層は上の図のような構造をしており、表皮の下に蓄えた脂肪分で断熱をします。クジラの種類や季節によって厚さは変わりますが、セミクジラやホッキョククジラではこの脂肪層の厚さは約50cmにもなります。また、この脂肪層が体の凹凸をなくすことで体の形を流線型が保たれ、水の抵抗を減らす役割も果たしています。
ヒレ(鰭)について
鯨類には胸ビレ、尾ビレ、背ビレの3つのヒレがあります(※背ビレはない種もいます)。見た目は似ていますが、内部の構造はそれぞれ異なります。
胸ビレは手が進化したものなので中には手の骨があります。一方で背ビレは皮膚が変化したもので、中に骨はありません。尾ビレは真ん中に尻尾の骨がありますが、左右の羽のようになっている部分に骨はありません。
クジラの尾ビレは泳ぐ際に体を前に押し出す際の推進力を担っています。また、胸ビレは、遊泳時に体を安定させたり方向を変えたりする舵(かじ)やブレーキの役割をしています。
シャチのオスは大人になるとメスに比べて胸ビレと背ビレが極端に大きくなりますが、これは他のオスやメス個体に対するアピールを担っている可能性があります。
体温調整について
私たちは激しい運動をして体温が上がり過ぎてしまった時には汗をかき、その気化熱で体温を下げますが、クジラには汗をかくための汗腺がありません。ではいったいどうやって体温を下げているのでしょうか。その鍵を握っているのが、クジラのヒレです。胸鰭表面には血管が多く走っており、体温を下げたいときは血管を広げてヒレから水中に熱を放出するのです。
一般的に海水温は体温より低く、南極海や北極海の海水はゼロ度を下回ることもあります。そのような極限環境下でもできるだけ体温を奪われないようにするために、彼らの血管は熱効率の良い形をしています。動脈の中には体の中心から末端に向けて温かい血液が、静脈の中には体の末端で冷やされた冷たい血液が流れています。クジラのヒレでは静脈が動脈を取り囲む形で走っており、動脈と静脈の間で熱交換することができます。そのため本来は体の外に放出されてしまう熱を静脈血に渡すことで、体内の温度を下げることなく生活しているのです。
クジラヒゲについて
第2回の「クジラの種類」でも少し解説しましたが、ヒゲクジラ類の口の中には“クジラヒゲ”という餌を漉(こ)しとるための器官が上顎の歯茎から生えています。
上の写真のヒゲはセミクジラのクジラヒゲ(1枚)です。セミクジラのクジラヒゲは長さが約2mにもなります。外側はつるっとしていて内側には繊毛(せんもう)があります。このヒゲ板が1cmほどの間隔で上顎の片側に270枚近く、左右で540枚近く生えています。このように密接して板が並び、さらに口の内側の繊毛が絡まり合うことでヒゲクジラ類独自のフィルターが作られるのです。
クジラヒゲの長さや繊毛の太さはクジラの種類によって違います。小さい餌を食べる種は繊毛が細く、大きな餌を食べる種は繊毛が太い傾向があるようです。
クジラヒゲは私たちの爪や髪の毛と同じ、ケラチンタンパク質でできています。プラスチックが発明される前は女性のコルセットや傘の骨などにクジラヒゲを加工したものが使われていました。そのためセミクジラやホッキョククジラが乱獲された歴史があります。
クジラヒゲの形と食性
ヒゲクジラ類には3タイプの餌の食べ方(食性)があります。
1つ目はセミクジラ科やコセミクジラ科の《漉(こ)しとり型》
このタイプのクジラは先ほど図でもみせたような細長いヒゲを持ち、口を開けたまま泳いで小さいプランクトンを餌として食べます。
2つ目はコククジラ科の《掘り起し型》
コククジラは海底の堆積物からゴカイやヨコエビ類などを掘り起こして食べます。アメリカ沿岸に生息する個体は右利きが多く、海底の餌(えさ)をとる際にほとんどの個体が右側に体を傾けて海底にいる餌を吸い込んで食べます。そのため頭部の右側には傷があり、ヒゲ板も左側よりも短くなり擦り減っています。
3つ目はナガスクジラ科の《飲み込み型》
お腹にある畝(うね)を広げることで、口の中に大量に餌を大量に取り込みます。セミクジラやコククジラにはこのように発達した畝はありません。
畝(うね)とはヒゲクジラのお腹にある蛇腹構造の事を言います。
ちなみに、おつまみなどで食べるクジラベーコンはこの部分を使ったものです。
この畝は“飲み込み型”のクジラが食事をする際に重要な役割をします。
上の図はナガスクジラ科の食事の方法を示したものです。口を大きく開け、畝をつかって大量に餌と海水を入れます(①〜④)。餌と海水を口に含んだ後は畝を縮めて海水を口の外に出して、餌のみを飲み込みます(⑤〜⑥)。
また、このような餌の食べ方を可能にした要因の一つが舌の変化です。人を始め、多くの生き物では舌は自分の意思で動かすことができます。そのため筋肉が発達し、牛タンのように硬くしっかりしています。ところがヒゲクジラ類の舌はとても柔らかく、自分の意思で動かすことはほぼできません。その代わり、伸縮性が高いので餌を摂る際にはお腹の奥まで入り込み、餌と海水を大量に取り込むことができるのです。
次回【クジラの体について②】は今週12/27(金)公開予定です。
クジラの餌の食べ方を解説しましたが、畝のあるヒゲクジラは一口の量がとても多いことがわかったと思います。では地球史上最大の動物であるシロナガスクジラが一口で口にいれることができる海水の量はどのくらいになるのでしょうか?
正解は・・・200t!!
シロナガスクジラは自分の体重(75~180トン)よりも重い海水を口の中にいれることができます。小学校にある25mプールが満杯で約360トンなので、プールの半分以上の水を取り込むことができます。重さでいうと60㎏の人だとしたら3333人分です!
▶中村玄先生
中村 玄(なかむら げん)
1983年大阪生まれ埼玉育ち。東京水産大学(現:東京海洋大学)資源育成学科卒業
2012年東京海洋大学大学院 博士後期課程応用環境システム学専攻修了 博士(海洋科学)
(一財)日本鯨類研究所研究員を経て、現在は国立大学法人 東京海洋大学 学術研究院 海洋環境科学部門 鯨類学研究室 准教授。
専門は、鯨類の形態学。とくにナガスクジラ科鯨類の骨格。
著書「クジラの骨と僕らの未来」(理論社)(2022年青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部 課題図書)「クジラ・イルカの疑問50」(成山堂)、「鳥羽山鯨類コレクション」(生物研究社)ほか
▶関連ページ
第1回「クジラってどんな生き物?」
第2回「クジラの種類」
第3回「クジラの生活について」
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