くじらの不思議
クジラの研究者 中村玄先生にクジラについて教わる連載企画【クジラを学ぼう!】
第2回目は「クジラの種類について」
クジラにはどのような種類がどれくらいいるのか、クジラ・イルカ・シャチはどんな関係なのかなどを教えてもらいます!
クジラは何種類?
現在クジラの仲間は90種類以上います。
大きく分けると『ヒゲクジラ類』と『ハクジラ類』に分かれます。
これまでクジラの仲間は生物学的には鯨目(ゲイモク・クジラモク)という分類階級でまとめられていました。しかし、最近ではウシやカバなどが含まれる偶蹄目(グウテイモク)と統合され、あらたに鯨偶蹄目(ゲイグウテイモク・クジラグウテイモク)と呼ばれるグループが作られました。そのため次の分類階級を亜目とするか、下目とするか、研究者により意見が分かれています。
ここでは東京海洋大学が公開している鯨類の和名リストもとにクジラの分類を紹介します。クジラの仲間は2024年の時点で2下目 14科 94種とされています。
2下目とは、ヒゲクジラ下目(以降:ヒゲクジラ類)とハクジラ下目(以降:ハクジラ類)でこれらはさらに次のようなグループ(科)に分けられます。
ヒゲクジラ類はセミクジラ科、コセミクジラ科、コククジラ科、ナガスクジラ科の4科に、ハクジラ類はマッコウクジラ科、コマッコウ科、アカボウクジラ科、インドカワイルカ科、ヨウスコウカワイルカ科、アマゾンカワイルカ科、ラプラタカワイルカ科、マイルカ科、ネズミイルカ科、イッカク科の10科に分けられます。(※ ヨウスコウカワイルカは絶滅種と考えられています)
ヒゲクジラ類にはシロナガスクジラやザトウクジラなどの15種、ハクジラ類にはマッコウクジラ、シャチ、ハンドウイルカなどをはじめとする79種が属し、今後も増える可能性があります。なぜかというと、これまで発見されていなかった種が新たに見つかったり、もともと一つの種とされていたものが、研究の結果、別の種とされることがあるためです。
上の資料は上部がヒゲクジラ類で下部がハクジラ類を示しています。
ヒゲクジラ類は体が大きく種類が少ない一方、ハクジラ類は体が小さく種類が多いのがお分かりになるでしょうか。
クジラとイルカ
クジラとイルカはどう違うのでしょうか。
日本では慣習的に体長4m以上の種を“クジラ”、それより小さい種を“イルカ”と呼ぶことが多いです。
ただ、これはすべての種に当てはまるわけではありません。例えば“シャチ”は4mを超えますが“クジラ”とは呼びませんし、逆に“スナメリ”や“イッカク”など、4mより小さい種でも“イルカ”と呼ばない種もいます。イルカと呼ばれる種類はハクジラ類の中の比較的小型の種に多いものの、イルカとクジラを分ける生物学的な定義は存在しないのです。
ちなみに、英語では“whale(クジラ)”と“dolphin(イルカ)”に加えてもう一つ“porpoise”と呼ばれるグループがあります。これはハクジラ類の“ネズミイルカ科”の仲間を指す呼び名です。なお、ネズミイルカ科の歯はシャモジ型をしており、円錐形の歯を持つ多くのハクジラ類とは異なる生物学的な特徴を持ちます。
ヒゲクジラとハクジラの違いについて
1つ目の違いは《口の中の構造》
ヒゲクジラ類の口の中には“クジラヒゲ”というが餌を漉(こ)しとるための器官が上アゴの歯ぐきから生えています。
クジラヒゲは歯とは異なる器官で、歯茎が角質化したものです。私たちの髪の毛や爪と同じ“ケラチン”という成分でできています。クジラヒゲについて詳しくは第4回の『クジラの体』で紹介します。
一方で、ハクジラ類の口の中には歯が並んで生えています。上の写真を見てください。円錐形をした歯が並んでいますね。多くの哺乳類は前歯、犬歯、奥歯のように異なる形の歯を持ちます(異型歯性(いけいしせい))が、ハクジラ類の歯はこのように同じ形をしています。これを“同型歯性(どうけいしせい)”と呼びます。
ところで歯がほとんどないハクジラ類もいます。アカボウクジラ科のクジラは特に歯の本数が少なく、オスは下あごに1対か2対生えますが、ほとんどの種類でメスは生涯歯が生えません。歯が無いと餌を食べるのに不便するのでは?と考える方もいるかもしれませんが、ハクジラ類の多くは餌を吸い込んで口に入れ、咀嚼(そしゃく)もしないため歯がなくても特に問題がないのです。
2つ目の違いは《顔つき》
ヒゲクジラ類は頭でっかち。顔は体の20%以上を占めます。そのため4~5頭身くらいで、セミクジラにいたってはほぼ3頭身です。ここまで頭の比率が大きいのは、エサを濾過するためのフィルターである“クジラヒゲ”をできるだけ大きくし、高率良くたくさんの餌を食べられるようにするためと考えられます。
一方で、ハクジラ類はマッコウクジラのオスを除き、小顔が多いです。
3つ目の違いは《鼻の穴(外鼻穴)の数》
上の図の左側はヒゲクジラ類、右側はハクジラ類の写真です。
ヒゲクジラ類の鼻の穴は2つですが、ハクジラ類では1つです。ただ、ハクジラ類の鼻の穴は外から見ると1つですが体の中では2つに分かれています。
4つ目の違いは《食べるもの》
ヒゲクジラ類はオキアミ類などのプランクトンや群れを作る魚やイカ類を食べます。
こんなに小さいエサでお腹を満たせるの?と心配する方もいるかもしれません。ここでポイントとなるのが“群れを作る生物”をエサとしていることです。1個体の大きさは小さくても、群れごと食べられれば、その総量はなかなかのものになります。そして大きな体でも小さなエサを効率よく捕まえることができるようになったカギが、上で紹介したクジラヒゲなのです。
一方、ハクジラ類は口の大きさに合ったエサを一匹ずつ捕まえて食べます。
5つ目の違いは《クジラの大きさ》
クジラの種類のところで紹介した図を見てみるとヒゲクジラ類の最小の種類はコセミクジラの6mで最大はシロナガスクジラの33mで、全体的に大きな種が多いです。それに比べ、ハクジラ類の最小種はコガシラネズミイルカの1.5mで、最大種はマッコウクジラの16mくらいです。マッコウクジラのオスは非常に大きいものの、ハクジラ類は全体としては小型の種類が多いことがわかります。
6つ目の違いは《メスとオスの大きさ》
私たちはオス(男性)の方がメス(女性)より体が大きくなりますが、鯨類ではどうでしょうか。
ヒゲクジラは全ての種類でメスの方が大きくなります。一方、ハクジラ類は種によってまちまちで、マッコウクジラようにオスが圧倒的に大きくなる種類もいれば、ハンドウイルカのように雌雄の大きさがほぼ同じ種もいます。どうやらこの理由にはそれぞれの種の持つ社会性、特に繁殖スタイルが関係しているようです。
7つ目の違いは《社会性》
ヒゲクジラ類は基本的に群れを作らず単独行動することが多いです。お母さんと子供は生後一年ほど一緒に行動します。また、繁殖海域(出産、子育てをする海域)や摂餌海域(エサを食べる海域)で一時的な群れを作ることがありますが、あまり社会的に強い結びつきを持つ群れは作りません。
一方で、ハクジラ類はときには1000頭を越す集団を作ります。シャチは数十年以上続く母系の群れを作ることが知られています。
8つ目の違いは《声の出し方・音域》
私たちは喉にある声帯を使って声を発します。
クジラの仲間もコミュニケーションや周囲の様子を探るために頻繁に音(鳴き声)を出しますが、その音の出し方や音域(音の高さ)はヒゲクジラ類とハクジラ類で大きく異なります。
実はヒゲクジラ類がどこから音を発しているのか、これまであまりはっきりしていませんでしたが、近年、喉にある袋状の構造とその入口を使って音を出しているらしいことがわかってきました。ヒゲクジラ類は比較的低い音(低周波)を出します。低周波の音は高周波の音に比べ遠くまで届くという特徴があります。
シロナガスクジラなど、特に大型のヒゲクジラ類は我々人間には聞き取れないほど低い音を出す種類もいます(※)。
一方のハクジラ類は鼻道(鼻の通り道)に複数ある気嚢(空気がる袋状構造)を使って音を出します。彼らの出す音は比較的高く、我々が聞こえる高音域の限界(20kHz)より高い音を使うこともあります。
※人が聞こえる音はおよそ20Hz~20,000Hzまでです。20,000Hzより高い周波数の音は超音波と呼ばれ、20Hzより低い周波数の音は超低周波と呼ばれます。
参照:日本建設業連合会 資料
今回はクジラの種類やヒゲクジラ類とハクジラ類の違い8つを紹介しました。クジラもイルカも同じ鯨類ですが、ヒゲクジラ類とハクジラ類ではずいぶん違った特徴を持つことがわかったのではないでしょうか。
次回は11月27日配信予定です。第3回では『クジラの生活』について詳しく解説していきます。
先ほども解説しましたが、ヒゲクジラ類はかなり遠くまで届く低周波の音を出します。さらにシロナガスクジラの鳴き声は哺乳類でもっとも大きいと言われています。そんなシロナガスクジラたちが東京から北海道までの距離(約1000km)を伝言ゲームするとしたら、はたして何頭いればゲームが成立するのでしょうか?
音が通りやすい海域だとシロナガスクジラの声はなんと150~500kmまで届くと言われています。
なので、正解は①の3頭!!
スタート地点に1頭、中継地点に1頭、ゴールに1頭の計3頭で東京から北海道まで伝言ができます。
ちなみに、日本の海の周りには地震計がたくさん設置されています。地震計は低周波の音を拾うため、シロナガスクジラやナガスクジラの鳴き声が収録されていることもよくあるんですよ。
▶中村 玄先生
中村 玄(なかむら げん)
1983年大阪生まれ埼玉育ち。東京水産大学(現:東京海洋大学)資源育成学科卒業
2012年東京海洋大学大学院 博士後期課程応用環境システム学専攻修了 博士(海洋科学)
(一財)日本鯨類研究所研究員を経て、現在は国立大学法人 東京海洋大学 学術研究院 海洋環境科学部門 鯨類学研究室 准教授。
専門は、鯨類の形態学。とくにナガスクジラ科鯨類の骨格。
著書「クジラの骨と僕らの未来」(理論社)(2022年青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部 課題図書)「クジラ・イルカの疑問50」(成山堂)、「鳥羽山鯨類コレクション」(生物研究社)ほか