耳ヨリくじら情報
物心がついたころからクジラが大好きで、当時からクジラをテーマにした作品ばかり創っていたという、根っからのクジラ好き造形作家・真鯱(ましゃち)さん。美大時代には恩師から、「君のように好きなことを継続し続けることこそアートだ」とのお褒めの言葉をもらったことがあるといいますが、現在でもその姿勢は変わらず、コレクションしている「クジラの垢(!)」も増え続ける一方なんだとか。とことんユニークな感性の持ち主である真鯱さんがクジラを好きになったきっかけとは? そして、クジラの垢に惹かれる理由とは? ご本人にお伺いしてみましょう。
初めてシャチを見たときは、「憧れの怪獣に出逢えた!」と心が震えた
▲左から、幼少期の版画作品「シャチの親子」。幼少期の絵画は打ち上げられたクジラを、人間が銛を刺して空輸して助けようとしているイメージを描いたそう。
――真鯱さんは幼少期からクジラ好きだったと伺いましたが、どんなきっかけでクジラ好きになったのですか?
「僕が最初に好きになったのは怪獣です。ゴジラのように大きいものに心を奪われていました。そんなある日、家族と行った『鴨川シーワールド』でシャチを目の当たりにして、“憧れの怪獣に出逢えた!”という衝撃を覚えたんです。そこからは、両親にお願いしていろんな水族館や博物館に連れていってもらうようになりました。そうやって、シャチはもちろん、クジラにどっぷりハマり、子ども時代の図工の時間はいつもクジラ作品を創っていました。現在、創っている造形は、もともと怪獣が好きだったこともあり、“怪獣寄りの海獣”だと自分で認識しています」
シャチやクジラがいる水槽の前で何時間も観察し続けることが大好き
▲『太地町立くじらの博物館』で開催された参加者創作・交流イベント「くじらまみれ2024」にも出展
――水族館ではどのように過ごすのですか?
「シャチやクジラがいる水槽に着くと、アクリル面から何時間でも見続けます。昔から、イルカなどのショーを見るより、泳いでいる姿や、彼らの行動を観察するほうが好きでした。“明日は水族館に行く日だ”となった時点ではりきり方が違ったし、着いたら着いたで何時間も観察して、頭のなかにクジラの魅力を凝縮させていくから、作品を見てくださった方に“すごくリアルなクジラだね”と言ってもらえることが多いです。でも、資料を見なくてもある程度のところまで作れるくらい、体のシワの出方まで観察しますが、作品を創り続けているとどうしても疑問が出てきます。たとえば、首に動きをつけたいときは7つの頸椎の構造を正しく理解していないとリアルな動きを追究できないし、首を曲げることができない鯨種においては、どの程度頚椎が癒着しているのかとか、鯨種によって異なる体の硬さを知る必要があります。」
リアルな動きを追究するためには解剖学が不可欠
▲尊敬する大隅清治先生にご指導いただく時間は至福の時間
――クジラについてわからないこと、知りたいことはどのようにして調べていますか?
「水族館で観察したり資料を調べたりしてもわからないことは、クジラ好きの交流会を通して知り合った研究者の方などに質問させていだたいています。クジラコレクターとして知られる細田徹さん、『日本近代捕鯨史研究室』の竹内賢士さんには特にお世話になっています。鯨類の権威として知られる大隅清治先生には、実際に制作した作品を見ていただいて、身体の各部位の位置を確認していただくこともありました。加えて、自分でも解体の場などに足を運ぶことで解剖学を学ぶことも大切にしています。たとえば、『国立科学博物館』のオープンラボでイルカの死体解剖が実演された際にも参加しましたし、和田浦でクジラの解体を見学したこともあります。制作の際には骨格をかなり意識して、肩甲骨やあばら骨が浮き出ている感じや、骨についている筋肉の塊も強めに表現しています」
太地町に行くと、“片思いの遠い存在”だと思っているクジラを身近に感じることができる
――水族館・博物館だけでなく、クジラと所縁のある場所には積極的に足を運ばれているのですね。
「そうですね。特に好きなのは太地町です。太地町の博物館は他では見られない距離で鯨類を観察できるし、貴重な資料も盛り沢山なので滞在中は毎日でも行きたくなります、なにより太地町そのものがたまらなく好きです。自分にとってクジラって、海と陸とに隔たれた“片思いの相手”“遠い存在”なのですが、太地町の人たちは昔から当たり前のようにクジラと共に生きているから、あの場所に行くと、片思いの遠い存在であるクジラを身近に感じることができるんです。太地町にも、自分と同じようにクジラ作品を創っている作家さんがいるのですが、船を持っている人に同乗させてもらって一緒にクジラを探しに行くこともあります。みんなとクジラの話をすることで、クジラへの距離が縮まるんです」
クジラの垢を手に取って、観察して、嗅ぐことを通して、クジラを感じながら制作している
▲左から、水族館で採取した垢、ツチクジラの垢
――クジラの垢をコレクションしているそうですが、それはなぜですか?
「垢(あか)を手に取ってよく見ると、離れた距離から観察してもわからないような小さな模様までわかるし、クジラを間近で見たときの感動が蘇ってくるように感じられます。ニオイを感じて、“クジラっていい匂いだよな”と思いながら制作することもあります。これまでコレクションしてきたものは、和田浦の解体場に落ちていたものを拾ったり、水族館でクジラに触れるイベントに参加した際、手についたものを採取したりしたものです。太地町にあるお店で購入したこともありますよ。お店の人に“クジラの生皮がほしいんですけど”と話しかけたら、“サラシクジラですか?”と訊かれたので、“いえ、そうではなくて個体の模様がわかる部分がほしいんです”って説明したら驚かれました(笑)でも、驚きながらも倉庫からいくつか出してきてくれたので、模様がよく見えるお気に入りを選んで買って帰りました。拾ったり購入したりした皮は、乾燥させたりエタノールに漬けて保存しています」
過去の立体作品は粘土で制作。最近は3Dを導入して新しい表現ができるようになった
▲『深淵の闘い』
――作品はどんなふうに制作しているのですか?
「立体作品に関しては、以前は粘土で制作していました。クジラとクラーケンの造形作品『深淵の闘い』も当時のものですが、僕はクジラの生々しさが詰まっている口のなかが好きなので、歯が全部見えるくらい口を開けているところを創っているときは、あまり見ることのないマッコウクジラの短い舌などの特徴を知ることができ、楽しかったです。ちなみに、なぜダイオウイカではなくクラーケンかというと、怪獣をイメージしたところ、怪獣感がものすごく色濃く出たためです。最近は、『ZBrush』という3Dデジタルスカルプトソフトで制作しています。デジタルですが手で創るときに近い感覚で創れるので、楽しく制作できています。画面上で制作したものを3Dプリンターで出力して彩色するのですが、サイズが大きくて丸ごとプリントすることができないので、分割して出力した後、つなぎ合わせてから彩色しています。新作の『シャチ母仔』『ザトウクジラ』『マッコウクジラ』も『ZBrush』で制作しました」
自分が好きなクジラの身体の表情を拾い上げることを大切にしている
――「シャチ母仔」のように2頭が並んでいる構図もユニークです。
「ありがとうございます。この作品に関しては、母シャチが赤ちゃんを連れているところを形にしたくて、赤ちゃんシャチのイメージが自分のなかで先に出来上がっていたのですが、日ごろから制作の際には、作品ごとにポージングに差をつけることも意識して、たとえばシャチのオスを先に創ったら、次に創るメスはオスとは異なる動きにするといったことも心がけています。また、自分の作品を複数並べたときに、それぞれが引き立て合える構図となるよう計算しています。しかし、事前にエスキース(スケッチ)などはおこなわず、頭のなかのイメージを頼りに造形を始めて、造形している過程で、より自分が好きなクジラの身体の表情を拾い上げていっています」
▲ ザトウクジラは個体によって模様が異なるため、「これかっこいいな」という箇所を拾い上げてつなぎ合わせながら制作。
世界の全種類のクジラ作品を創るのが夢
――11月9日10日に和田浦で開催される『鯨グッズ展』に出展されるとのことで、真鯱作品を見ることを楽しみにしている人も多いと思いますが、来年以降や、将来的な目標もあればぜひ教えてください。
「究極のクジラフィギュアを創りたいです。“究極の”とはどういう意味かというと、研究者などに監修してもらいながら、細部まで実物に忠実であることにこだわりたいということです。実は、最近までフィギュアの原型会社で働いていたため、作家活動が制限されていたのですが、ようやくフリーとして活動していていくことになったので、商業フィギュアの原型にも携わっていきたいと考えているのです。将来的には世界の全種類のクジラを創りたいという目標があるので、一般の人が見ることのできないデータなども探して、それを活用しながら、少しずつ作品数を増やしていくつもりです。その実現のためにも、クジラを通じてご縁がつながったみなさんにご指導いただきながら、作家として成長していけたらなと思っています」
■詳細情報
真鯱(ましゃち)
神奈川県生まれ
鯨類を中心にフィギュアを制作している造形作家。 生物系イベントに出展しながらSNSで作品発表しています
各URL:
ホームページ
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・次回出展情報
『鯨グッズ展』
日程:11月9日13時〜17時、10日9時〜12時
場所:南房総市和田コミュニティセンター3階(1階に鯨資料館)
住所:〒299-2703 南房総市和田町仁我浦206番地 3階