耳ヨリくじら情報
「命のつながりや循環」を作品のテーマとして、クジラや様々な海で生きる生物の強さや儚さを描き続ける“水棲生物画家”の繁田穂波(しげたほなみ)さんにお話を伺いました。
作品のテーマは「命のつながりや循環」
―――水棲生物を描こうとしたきっかけを教えてください。
繁田「水辺の生き物をずっと描いています。
自身の作品のテーマの『命のつながりや循環』とは、
海という場所は命が生まれる場所であり、命が還っていく場所だと考えているので、海に住んでいる生き物を描く事でそういった命のつながりや循環していく様子を描けるのかなと思い、水棲生物をずっと描いています。
特にクジラは人間と同じ哺乳類なので人間とのシンパシーや繋がりの深さ、生活様式も人間に似通っているように感じる為、メッセージ性をより高めるためにモチーフにしています。」
海洋ごみの現状を考え自然のものをベースにした水干(すいひ)絵具での表現に
―――画材へのこだわりはありますか?
繁田「2019年まではボールペン画家として活動していましたが、自身の作風に違和感がありました。新型コロナウイルスのパンデミック真っただ中であった2020年に沖縄を2か月間取材し、その際に海洋ごみの現状をより深く知ることとなりました。それをきっかけに生き物に優しい画材を探していたところ、日本画に出会いました。日本画は岩や土、貝殻などの自然のものベースにした画材でできており、今までやってきた線画を生かしながら、日本画顔料を組み合わせたいと思い「顔料を削る」という手法を思いつきました。
水干絵具(※)を塗り重ね乾燥させたあと削って生物を描いています。」
(※水干絵具…天然の土、または胡粉や白土に染料を染め付けた微粒子の日本画絵具)
―――丸いキャンバス(木パネル)に描いている作品が多いようですが、なにかテーマはありますか?
繁田「丸というのは循環やサイクルを表現するのにふさわしいと思い愛用しています。
海という場所は上下左右天地のない空間なので、水中の広がりを想像していただけば、と思っています。作品をご覧になった方には、『潜水艦の窓』のようだと言う方が多くいらっしゃいます。四角だと世界観を切り取ったような印象が強くなりますが、丸は空間の広がりや繋がりをより強く感じていただけると思っています。」
―――表現方法や手法についてなにか意図はあるのでしょうか?
繁田「塗り重ねた絵具の層が『時間の経過』を表現しており、削る行為で『時間の遡行』を表現しています。作業工程で『時間を循環させる』という意味合いを持たせています。」
「一番下の白い線が胡粉(貝殻絵具)を使用することで骨の意味合いをもたせ、膠(ニカワ)という接着剤は動物の皮革や骨髄から採られるのでモチーフの動物の血肉を表現しています。削って出てくる削りカスを『遺灰(いはい)』とし『遺灰が天に昇り、魂としてまた還ってくる』という、全体の作業工程が生き物の一生そのものを表現しています。」
―――繁田さんの作品は海の絵という事もあり青いものが多いですが、とてもカラフルに青を表現しているように見えますが、色へのこだわりはありますか?
繁田「海は青いだけではなく、いろんな生き物がいて、ゴミがあり、卵があり、いろんな色が浮遊していて、結果的に青や緑が強く見えると思います。
実際に自分の目で見て、直近で見た時の海の印象を描いています。昔から海はただ綺麗なだけではないと思っています。何層にも塗り重ね合わせることで、本当の海が生まれるようなイメージで描いています。
作品を観る時に角度を変えることで、見えてこなかった色が見えてくるように工夫をしています。
更に削ることで別の色が出てくる。そういったものも含めて、海はただ綺麗な青色ではなく、沢山の色で溢れているということを表現しています。」
できるだけ自分が出会ったことのあるリアルに近いものを描く
―――クジラを描くために参考にされているものはありますか?
繁田「本物のクジラを観察しに取材に行きます。自分の目で実際に見たその時の感情や感動を描いたり、写真や骨格をみたりしてスケッチをしています。
同じようにザトウクジラを観察している方が多いので写真をお借りしたり、太地町立くじらの博物館で仕事をさせていただいた際には骨格写真を撮って参考にしました。他にも、千葉県立博物館で学芸員さんと話をさせていただき、骨格標本や資料も拝見したので参考にしています。動物写真家さんの書籍なども参考にすることが多く、トークショー等にも行って勉強しています。図鑑やポスターも参考にしています。
イルカクジラの教育普及ボランティア団体の方と仕事をさせていただくこともあります。
種類別のスケール感などを重要視する方が多いため、サイズ感はできるだけリアルに近い比率で描くように心がけています。
なるべく自分が直接出会った種類を描くようにしていて、図鑑なども参考にしています。実際に見たことがあるのは、ハナゴンドウ、ミナミハンドウイルカやザトウクジラで、よく描いています。
個人的にはセミクジラが大好きで、いつか海で実物に会いたいと思っています。」
日本のくじらの文化について
―――捕鯨やくじらを食べるという事についてはどうお考えでしょうか?
繁田「太地町で鯨肉を食べた事があります。赤いお肉の刺身と白い内臓系で、その時はゴンドウクジラのお肉と聞きました。
「食文化」として知識が広まっていく事は大切だと思います。捕る種類や数のバランスはしっかりと話し合っていくべきなのかなと思っています。
自分としては「命をいただくこと」自体は間違っていないと思っていて、むやみな殺生は良くないですが、しっかりとした文化と命の継承として認知されていけば良いのかなと。
漁師さんのお話や、研究者の方など、色んな立場の方のお話に耳を傾けることが大切なのではないでしょうか。捕鯨会社の方から「鯨食文化を広げたい」という話を伺ったこともあります。
私としては、どちらかの一方的な話だけではなく、どんな立場の方の意見も大切だと考えています。調査したデータをもとに、実際は増えてしまっている個体もいると伺いました。生態系のバランスをよく観察・研究しながら、課題に取り組んでいくことが私自身は何よりも大切であると思っております。」
―――最後に、今後の展望など教えてください。
アートはいろんな要素と力があると思っています。アートを通して、今まで興味・関心の薄かった方に社会課題や、環境問題などに興味を持ってもらうきっかけの一つになれば嬉しいです。
研究者の方や、漁師さんなど、普段なかなか関わることが出来ない方々に取材させていただき、それを元に作品を制作することで海や生物の現状などを伝えたいとも思っています。アートが色んな人と人、人と生物、人と環境をつなぐ架け橋になってもらいたいと考えています。
大阪の「カフェギャラリーきのね」にて5月27日より個展『とどかない手紙』が開催予定です。
繁田さんの作品を間近で鑑賞してみるのはいかがでしょうか
■繁田穂波(しげたほなみ)
水棲生物画家
青森県弘前市生まれ
専門学校を卒業後、漫画家として週刊連載を開始。連載終了後はボールペン画を中心に作家活動を開始。2020年のパンデミックにより長期滞在した沖縄で海洋ゴミの現状を目の当たりにし、日本画画材を用いて描く現代アーティストとして活動を始める。
Instagram:https://www.instagram.com/shigeta_honami/
個展「とどかない手紙」
会期:2023年5月27日(土) 〜 6月4日(日)
13:00〜20:00 (最終日 〜17:00)
場所:カフェギャラリーきのね
〒531-0071 大阪府大阪市北区中津3-16-10
※5月27日(土) ライブペイント有り