聞く
――小型捕鯨の基地のひとつである南房総市・和田浦は、細田さんのクジラアイテムコレクションを一堂に集めて展示するのにぴったりの土地ですが、そもそもどうして和田浦に『勇魚文庫・鯨資料館』を開設することになったのですか?
「南房総市の職員さん5、6人が東京都文京区にあった『勇魚文庫』を訪ねてきて、“クジラの資料館を作りたいから協力してくれませんか?”と相談を持ちかけられたのがきっかけです。協力ということは8割方準備できていて、足りていない2割程度を手伝えばいいのかな? と思ったらなんとゼロからのスタート(笑)しかし、話を聞いたらすごく熱心だったのと、自分も当時70歳で、そろそろ将来のことを考えないといけない時期に差し掛かっていたので話が進んでいきました。コレクションしたものをすべて売り払うのは簡単ですが、せっかくお金も労力もかけて集めたものを分散させるのはもったいないなと思い、家内にも意見を求めたところ同じ意見。そこで、コレクションの大半を和田浦に寄託することになりました。先のことはわかりませんが、僕に、もしなにかあった場合にはそのまま寄贈して南房総市に管理・運営していただくということになります」
――以前から細田さんが日本最高峰のクジラコレクターとの噂は国内外に広まっていましたし、南房総以外の小型捕鯨の基地や、大型捕鯨の寄港地である下関などからも同様の話があったのではないですか?
「ありました。しかし、僕は東京在住なので、たとえば下関からのオファーを受けたら現地に通うのは大変。その点、和田浦なら、近いとはいえませんが日帰りできる距離だから安心感があり、和田に決めました。ちなみに、下関といえば『海響館(かいきょうかん)』館内にシロナガスクジラの全身骨格標本が展示されていることでも知られていますが、和田地域センターに隣接されているシロナガスクジラの全身骨格標本は、実は僕から南房総市に引き取るようにすすめたんです。下関の骨格標本は1880年代にノルウェー北部のフィンマルク沖で捕獲された本物ですが、和田浦と太地町『くじらの博物館』の骨格標本はどちらも下関の標本のレプリカです。日本には現在、3体しか骨格標本のレプリカはありません。ノルウェーからオリジナルの骨格標本の返還を求められたときのために、下関に1体保管されているのですが、最後の1体の受け入れ先が未定だったので石巻(鮎川)に先を越されないように急いで! とアドバイスした結果、和田浦で展示されています」
――資料館には遠方からいらっしゃるお客さまも多いのですか?
「北海道から沖縄まで、全国からいろんな方がいらっしゃいますし、捕鯨に興味がある人もいれば食べ物としてのクジラに興味がある人も、ホエールウォッチングに興味がある人もいます。クジラに対する意見は人それぞれですが、どんな方に対してもニュートラルな立場で対応することを大切にしています。どんな考え方であれ、クジラに興味を持ってくれることはうれしいし、ここに来ることでさらにクジラへの関心を深めてもらえたらと思っています」
『勇魚文庫』秘蔵のコレクションをいくつか特別に紹介していただきました。
「古代李満弓」:江戸時代に作られた弓矢のセットです。(写真下)弓はセミクジラのヒゲ板を用いて作られ、大名クラスや高官が床の間において有事の際に即座に利用できるように小型の弓となっています。弦をかけた弓と矢を一体で収納するための矢受けケースもセミクジラのヒゲで作られています。
「鯨尺(くじらじゃく)」:江戸時代から使われていた1尺を約37.9センチメートルとする和裁用の物差し。 名前の由来はもともと鯨髭でつくられていたため。現存する多くの鯨尺は竹製であり、セミクジラのヒゲで作られたものは大変珍しく、細田さんが約30年探し求めて、ようやく勇魚文庫のコレクションへ加わった一品です。文献にある江戸時代の大名家の姫の嫁入り道具とされたものと同等の品です。(写真下)。
コレクションアイテムは日本のものだけにとどまりません。
コルセット(写真下):文献などで海外では鯨のヒゲをコルセットに用いたことは有名ですが、実物を見たことのある人はごくわずかです。髭を細く加工して、女性のウエスト部分を締め付けて細く見せるための補正下着の芯として使われていました。
2階資料室は整理中で、公開にはもうしばらく時間がかかりそうですが、1階に展示しているものは閲覧自由。運よく細田さんに会うことができたら、クジラに関する話を聴けるかもしれませんね。 勇魚文庫の貴重なコレクションに関しては、今後『くじらタウン』でも紹介していきますので、ぜひ更新を楽しみにしていてください。
▶細田徹さんのinterview前編
「クジラについて知りたい人に利用し続けてもらえる資料館にしたい」日本最高峰のクジラコレクター『勇魚文庫』細田徹さんinterview前編
■細田徹さん
日本最高峰のクジラコレクターである。コレクションの一部を千葉県南房総市の道の駅『和田浦WA・O!』に隣接する『和田地域センター』内の資料館に展示中。
■勇魚文庫・鯨資料館
住所:千葉県南房総市和田町仁我浦206番地 『和田地域センター』内
電話0470-47-3111