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国立科学博物館で2019年に開催された特別展「大哺乳類展2」にて展示された、世界初となる「マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本」。体長約14mにもおよぶ巨大な標本が、2021年春より、常設展で公開されています。そこで今回は、「マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本」をはじめ、国立科学博物館で鑑賞することができるクジラ関連の展示についてご紹介します。
①マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本
「マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本」が展示されているのは、地球館1階の「自然を生き抜く工夫コーナー」です。こちらのコーナー上空に展示されているのがこの標本。
ご覧の通り、身体の右半分には肉がついていますが、左半分は肉がない骨格の状態です。そのため、身体のどの部分がどんな構造になっているのかが一目瞭然です。
なかでも注目は頭の部分。マッコウクジラは、頭部が身体全体の約30%を占めるのが特徴ですが、この部分には「脳油」と呼ばれる脂が入った「ケース」と「メロン」と呼ばれる脂肪組織で構成された「ジャンク」が収まっています。なんのためにこのようなものが頭の中にあるかというと、ハクジラだけが行う、エコロケーション(音響定位)をするためです。鼻の穴の奥で作られた音波は、後方にあるパラボラ状の大きな頭骨に当たり、跳ね返った音波は、脳油とメロンでその向きや強さが調整されます。エコケーションはエサを取るためや周囲の環境を把握するために使われますが、マッコウクジラは大きなイカを主食としているので、この脳油とメロンを駆使して超音波の強さや向きを上手に調整しているのかもしれません。それにしても、ハクジラの中でマッコウクジラだけがこの特殊な構造を持ち合わせている謎は、今でもわかっていません。
半身模型付全身骨格標本なら、こうした特徴も理解しやすいだけでなく、実際のストランディング個体を活用しているため、マッコウクジラの大きさも体感することができます。この標本に活用されているストランディング個体は、2005年に鹿児島県の海岸に生きたまま打ち上げられ、救護の甲斐なく死亡した成体オス。現地に埋設された後、2009年に発掘して展示標本として蘇った個体です。その後、頭部のみの展示を含めると2019年の特別展までに3回展示されてきていますが、今回、常設展で公開するにあたっては更なる補修を重ね、実物についていた身体のキズなども再現したといいます。「標本を作製する際には、嘘をつかないことを心がけています。そのため、細部まで忠実に再現しているのも大きな特徴です。たとえば、針穴のように小さな耳の穴は、下からだと双眼鏡がないと見えないくらいですけど、実物に忠実です」。そう語るのは、同博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究主幹の田島木綿子さん。田島さんによると、再現している身体のキズのうち線状の白いキズは、オス同士が戦ってできていることなどが考えられるそう。細かなところにまで着目すると、ひとつの展示標本からさまざまな幅広い知識を吸収できますね。
②シロナガスクジラ模型
キズに着目しながら鑑賞を楽しみたいなら、館外に展示されている「シロナガスクジラ模型」も必見です。こちらは、実物大レプリカとして、1994年に国内専門家の協力を得て同博物館の研究者が監修し、作成されたものです。「こちらの模型は、数年前、口の周りに洞毛を再現しました。洞毛は、体毛と違って感覚に優れた毛で、ヒゲクジラでは口や噴気孔周囲に一生涯あります。イヌやネコの口の周りにもありますね。身体の大きなヒゲクジラでは、この小さな毛が水流や温度などを感知し、彼らの生き方に役立っています。」(田島さん)双眼鏡持参で出かけて、細部まで確認してみたいものですね!
③コマッコウ骨格標本
こちらは、マッコウクジラ半身模型付全身骨格標本と同じく、「自然を生き抜く工夫コーナー」に展示されています。体長は208cm。1997年、千葉県にストランディングした個体です。
④オガワマッコウ レプリカ
コマッコウ骨格標本に並べて展示されているのが、オガワマッコウのレプリカ標本。こちらは、プーケット島でストランディングした230cmの個体を型どって作成されていますが、サイズ感が同じというだけでなく、生態も似ているのだとか。いずれの鯨種も、身の危険を感じると煙幕状のフンをするそうで、そのための巨大結腸を有しているのだと田島さんが教えてくれました。
⑤ミンククジラ 全身骨格
地球館1階「系統広場」に展示されているのは、2000年に稚内の海岸にストランディングしたメスの全身骨格です。「ミンククジラはナガスクジラ科の中でも小さいクジラです。特徴のひとつとして、食事するときに水面まで上がってきてアクロバティックにエサを口の中に入れることが挙げられます」(田島さん) ちなみに、真冬の北海道は気温が低いため、室外だと個体が凍ってしまって調査できないため、この個体の調査は室内にある最終処分場でおこなったのだとか。
⑥クジラジラミ
最後は、クジラに寄生する「クジラジラミ」についてご紹介します。地球館1階の「系統広場」に展示されているこの生物、名前は「シラミ」ですが、猫や犬につくことがあるシラミとは異なり、6対の脚がある甲殻類です。黒いボディに白い斑紋が入っているように見えるクジラを見たことがある人はいると思いますが、実はあの白い部分は大量のクジラジラミ。ちょっとびっくりしますよね! 田島さんによると、クジラジラミが寄生しやすいのは、セミクジラやコククジラをはじめとする、泳ぐ速度がゆっくりめのクジラ。寄生したクジラジラミは宿主であるクジラとともに毎日を過ごすことになりますが、寄生先のクジラが死んだら、次の宿主を見つけることができるかは運任せ。なんとも過酷ですね。
■国立科学博物館
住所:〒110-8718 東京都台東区上野公園 7-20
アクセス:JR「上野」駅(公園口)から徒歩5分
東京メトロ銀座線・日比谷線「上野」駅(7番出口)から徒歩10分
京成線「京成上野」駅(正面口)から徒歩10分
※2020年6月1日入館より、有料・無料の方すべてのお客様を対象に事前予約が必要です。詳しくはHPの 「予約サイト」 をご確認ください。
□解説) 田島木綿子さん(たじまゆうこ)
国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究主幹
博士(獣医学)、獣医師